操れるかも! 操られるかも!?-9
そう思った時、ドアの向こうから部室に近寄ってくる足
音が聞こえてきた。俺は驚いて千佳の体の上から素早く跳
び起きると乱れた服装を慌てて直す。
外の様子をうかがうためにドアの近くに移動しようとし
た俺に、机の上から千佳が小声で俺を呼び止める。
「ちょっと!! 私を忘れてない!?」
「あっ、そうか……もういいぞ」
俺は千佳を俺の力から解放した。動けるようになった千
佳は急いでブラを直し、シャツのボタンをかける。
そうこうしているうちに足音の主はドアの前で立ち止ま
り、開かないドアのノブを不思議そうにガチャガチャ回し
ている。そして鍵がかかっていることを察知すると
コンコン
とドアをノックしはじめた。
「誰かいるのか? 開けてくれよ」
その声は間違いなく大介だった。
俺は千佳を振り返り、もういいという合図をもらってか
らドアの鍵を開ける。
「あれ? 圭一?」
ドアをおもむろに開けた大介は、中にいた俺を見ると目
を丸くした。しかしすぐに丸くなっていた目を細めて
「そうかぁ、やはり最後の夏に未練があるんだな!」
と、俺の肩をバンバン叩く。
「……いや、そういうわけじゃ……」
と、俺が口ごもっていると背後から何事もなかったような
顔をして千佳が口をはさむ。
「やっぱりマウンドの感触が忘れられないんですって。今
日からは練習に真面目に参加するって言ってましたよ」
「お、おいっ!?」
俺の顔が青くなるのと対称的に、大介の顔には満開の笑
みが広がる。
「圭一っ! やっぱりお前は根っからの野球人だ! それ
でこそ男! それでこそ俺の親友だあ〜! よぉし、明日
からは俺と一緒に朝練だ! 寝坊しないようにお前の家ま
で迎えにいってやるぞ!」
「ちょ……ちょっとま……」
「それはいいですね! 斉木先輩も朝練しそこなうことが
なくなって大喜びですよ!」
「い、いや、俺は……」
「そうだろう、そうだろう。野球というものは練習の段階
から楽しい完璧なスポーツだからな! 圭一、お前は練習
さえ真面目にすれば凄い投手になれる男だ。そのお前が自
らやる気になったということはどこの高校にも負けない二
本柱が我が校に誕生するということだ!」
「だ……だから……」
「よかったですね、大橋先輩! 県下一の投手と噂の先輩
が信用できるリリーフ投手に恵まれれば甲子園も夢じゃな
いですよ!」
「おおっ、そのとおり! 待ってろよ〜甲子園! この夏
は我が校が甲子園切符を手に入れてやるぞ!」
「……」
朝っぱらからボルテージを一気に高めた親友と、無責任
に俺の行く末を決定づけた後輩を前に俺は返す言葉を失っ
てしまった。
俺がとりあえずこの場を離れようと部室をあとにすると
千佳が走って追いかけてきた。
「先輩、一緒に甲子園目指しましょうね!」
「……ちくしょお、覚えてろよ」
「ふふ〜ん、また私を操ろうと思ってるとか?」
「……覚えてろ」
「……うん、楽しみにしとく……」
「……は?」
俺が自分の頭になかった回答に呆気にとられていると、
千佳が俺のズボンのポケットに何かを突っ込んだ。
「お、おい」
「一日遅いけど、私からのバースデイ・プレゼント。どう
せ今日も部活に来ないと思ってたから、今はこんなものし
かないけどね。私のことだったらもう一つ持ってるから心
配いらないよ。あ、それと今日から私が放課後に先輩のク
ラスに迎えに行きますから。絶対逃がさないんで覚悟しと
いてください。それじゃ」
千佳は早口で一方的にまくしたてると、さっさと走って
行ってしまった。
「……マジかよ?」
俺はあまりの急展開にしばらく呆然としていたが、ふと
千佳が『バースデイ・プレゼント』と称して渡していった
物のことを思い出す。
「……あいつって俺の誕生日知ってたんだな……」
俺は千佳がズボンのポケットに突っ込んでいった物を取
り出した、が、それが何かわかると慌ててポケットの中に
再び押し込む。
「……あいつ、何考えてんだよっ!」
そんなことをつぶやきながら、俺はさっき目の前を走っ
て行った千佳のスカートの中身に注意を払わなかったこと
を後悔していた。
第3話 おわり