操れるかも! 操られるかも!?-27
「……お前もやはり斉木家の男だな……」
俺と美奈子が話していると、親父がぼそっとそんなこと
を言った。
「なんだそれ?」
俺はどういう意味かわからず聞き返す。
「……他人を自由に操る力……そんな力を受け継いできた
のは実は斉木家ばかりの話ではないのだ」
俺も美奈子も親父の言葉に驚く。
「じゃあ、他にもあるのか? こんな力を受け継ぐ家が」
親父は首を大きく横に振った。
「今はもう、無い。おそらくな。他は全て血筋を絶やして
しまったはずだ……」
「ど、どうして?」
「結局、特殊な力を持って生まれたことで、己を見誤って
しまったのだ。己の欲望に従い他人を踏みにじることで次
々と自滅していき……血筋を絶やしていった」
「自滅……」
「ところが斉木家だけが今だに特殊な力を持ちながら、血
筋を受け継いできた。なぜだかわかるか?」
「い、いや」
「それはな、自らの価値観を強く信じて動く者が多かった
からなのだ」
「……なんかかえって人間関係上、問題がありそうだが」
「まあ変人扱いされる者も多々いたらしいがな。ただ人間
とは他人と比べて優れていることによっても快感を得られ
るようにできている。ましてや他人を制する力を持った者
ともなればそれを誇示するかのように使用したがる。しか
し結局それで得られる物は他人を物差しにすることで成り
立つ薄っぺらな価値観だ。そんな物はいざ多様な価値観に
出会うと途端に主張する言葉を失ってしまう……」
「なんか話が長くなりそうだな……」
「うん、どうしよ」
俺と美奈子は朝っぱらから親父の熱弁を真面目に聞く気
は全くなかった。
「大事なのは自分が良いと思ったことを他人の価値観に押
し潰されずに信じぬくことができるかどうかだ。自分自身
が半信半疑の価値観など他人から見ればゴミも同然。そこ
からどれだけの主張をしたところで相手に本当の意味での
理解などしてもらえん。他人に理解してもらえない人間は
どうするか? ここでなんら特別な力を持ってない者は引
き下がってしまうこともあるだろう。しかし他人を制する
力を持っている者なら、それも圧倒的であればあるほどそ
の力を見せつけることによって自分の主張を認めさせよう
とするだろう。そして認められれば認められるほど己が本
来持っている以上の器を自らの中に感じて今度は逆に他人
の価値観をゴミ同然に扱いだしてしまう……」
「これいつまで続くのかな?」
「わかんねえ」
俺と美奈子は時計を見る。大介ならもう朝練に行くぐら
いの時間になっていた。
「自らの価値観に自身で築きあげた根を持たない者が他人
の価値観を否定して生まれる物は混沌の世界だ。混沌の世
界で他人の頭を抑えつけても多大な反発を招くだけだ。最
終的には自分自身の首を締めることになる……他人を自由
に操る力を持っていても自分という存在を見失うと、それ
はただ愚かな末路を作り出すだけの力に姿を変えてしまう
のだ。その点、我が斉木家の男は誰も彼も確固たる価値観
を備えていたのだ。斉木家の男は代々すけべぇ揃いでな。
端から見ると女にうつつをぬかすたわけ者だったかも知れ
ぬがそれが逆に普遍的な価値観として己の精神世界のバラ
ンスを保つ手助けになったのだよ。御先祖様曰く結局男は
女に弱いのだ。女を自由に操る力など男にはない。男は常
に女に操られる存在なのだ。斉木家の男は身をもってその
ことを知ることで、自らを過大な存在に見誤ることなく血
筋を残してこれたのだ。斉木家の男は生誕時より与えられ
た力をほとんどの者が女にばかり使った。しかし、女を知
れば知るほど快楽というものは自分一人の満足だけでは大
きな物を得られないと……」
親父の熱弁が延々と続く中、俺と美奈子は既に学校へ向
かって自転車を走らせていた。
「あとでおじさんに怒られない?」
「今のだって説教くらってたようなもんだろ」
「……そうだね。しかもいつ終わるかわかんないし」
「俺達なんか無視して熱弁ふるってんだからギャラリーな
んか必要ないぜ」
「うん、逃げちゃって正解だよね」
「だろ? 学校行って大介と朝練してた方がましだ」