フェイスズフェターズ 一話「欲望の都市」1-3
「そのとき、リタが5歳、私が15歳でしたから、妹のような存在なんです」
リタとニコラは長い付き合いだ。面倒見の良いニコラはリタのことを可愛がったし、リタもニコラに懐いた。お互いに孤児として修道院で育てられ、さらに、同じ『使命』を持っているという共通点が、彼女たちを親密な関係にした要因の一つかもしれない。
その後、他愛もない雑談がしばらく続いた。面識のあるニコラが加わったことが良かったのか、リタの緊張もほぐれていく。それを見計らったかのように、ロタリオは雑談を打ち切ると、執務机の上から一枚の地図を掴み、向かい合っている彼ら三人の中心にあった机にそれを広げた。
「さて、そろそろリタの初任務について説明しようか」
その瞬間に、穏やかな中年聖職者は、確かに辣腕枢機卿に変化を遂げた。彼の纏う雰囲気ががらりと変わったのだ。それを感じ取り、リタは再び、背筋を伸ばしてロタリオの言葉に耳を傾けた。
「先月より、カラジュス近辺で聖職者の殺害事件が多発している。既に17人もの聖職者が殺された。男はバラバラに切り刻まれ、女は暴行された後に殺されている。君たちにはこの事件の調査にカラジュスへ赴いてほしい」
そういってロタリオは、地図を指す。彼らのいるラテル=アノは、地図上の巨大な内海の中心に南に向かって突き出る半島の中部にある。そして半島の中部一帯が、彼らが所属する教皇庁が管理する教皇領であった。そしてカラジュスはラテル=アノから内海を渡って南の大陸にあるのだ。
黙ってロタリオの説明を聞いていたニコラが、口を開く。
「それだけならば、我々が動く必要は無いのでは? 異端審問局を使えば事足りるのではないですか?」
「それがそうもいかない。カラジュスは異教徒の国だ。そこに異端審問官を大量に送り込むわけにはいかないよ。あちらの強い反感を買う。我々教皇庁にとって、商売上のお得意様であるし、それに機嫌を損ねて『東』に寝返られてはたまらないからな。……と、いうのが聖下とガエターノ枢機卿のご意向なのだ。」
苦々しげにロタリオは言葉を吐き出す。自分と対立する老枢機卿が絡んでいるからだろう。
「数人だけ隠密裏に送り込めば良いのでは? 現地民の怨恨によるものならばそれで事足りるでしょう」
慎重に言葉を選んでニコラがそう提言すると、ロタリオは一層深刻な表情をして、立ち上がった。そして執務机の上にあった書類の束を、リタとニコラの目の前に置く。
「それが、現地民の怨恨などではないのだよ。全ての遺体に、例外なくこの紋章が刻まれていた」
三人の視線が、書類に描かれた紋章に注がれる。それはこの世界の人間が恐れてやまない紋章であった。
「帝国の……化け物どもの仕業ですか」
リタが呻くよう呟く。口の中から水分が飛び、そして頭の中がカーっと熱くなっていくのを、リタは感じていた。