フェイスズフェターズ 序章-2
「シスター、僕はあなたと、とんでもない淫売の貴様らゴミムシと、話がしたいんですよ!」
突如雰囲気を一変させて襲いかかってきた『青年』だったものは、ヴィテーズの細い首を掴んだ。ヴィテーズにとって、それは首の骨がへし折れるのではないかというほどの力だったが、目の前の存在にとってはほとんど力を入れていないに等しいのだろう。
「ぐう……ま、魔族……」
そう、『魔族』だ。人間の姿をしながら、けっして人間でないもの。素手で頭蓋骨を粉砕し、疾風の如く駆け、傷を瞬く間に回復させる常識外れの存在。神に嫌われた、呪われた存在。その存在が、今ヴィテーズの目の前にいた。教皇庁主導の残党狩りで、相当数の魔族が狩られたとヴィテーズは聞いていたが、まだこんなところに残っていたなんて想像だにしなかった。
「『魔族』? 魔族だとこの売女め! 貴様のような蛆虫が、誇り高い私を魔族などとほざくのかッ!」
その細い腕からは想像できない力を込めて、魔族はヴィテーズを持ち上げた。それも片手でだ。先ほどよりも遙かに強い圧力が首にかかり、ヴィテーズは息ができずにもがく。このままでは窒息死してしまう。
「このまま貴様の首をへし折ってやっても構わないのだぞ? 汚らわしい教会の雌犬め!」
憎悪に顔を歪めながら、青年の姿をした魔族はヴィテーズを締め上げる。ヴィテーズはいよいよ小刻みに体を痙攣させながら、声にならない音を漏らす。
「スマウ、そこまでだ。彼女が死んでしまうよ。その前にすることがあるだろう?」
いつの間に現れたのか、ヴィテーズを絞め殺そうとしている魔族と同じ格好をした青年が、ヴィテーズを締め上げる腕に手を置いてスマウと呼ばれた魔族を制した。その瞳はスマウと同じく紫色であった。怒りのあまり我を忘れていたスマウは、はっとしてヴィテーズの首を離す。そのままヴィテーズは地面に崩れ落ち、激しく咳き込んだ。
「すまないキルム。ついつい夢中になってしまったよ」
「君の悪い癖だよ。ちゃんと教皇庁にメッセージを残さないと駄目だろう?」
ヴィテーズそっちのけで、二人の魔族は会話を続ける。
「メッセージ、ね。確かに重要なことだ。忘れてはいけないな」
「ああ、だからさ、お嬢さん、悪いけど一緒に来てもらえますかね?」
未だに咳き込んでいたヴィテーズにキルムはそう声をかけると、口調の丁寧さとは裏腹にヴィテーズの襟を掴むと強引に引きずって歩き始めた。
「や、やめなさい! 汚らわしい! 主は見ておられますよ!」
そう絶叫するヴィテーズだが、教会の人間は寝静まっているためか誰も反応しない。ただ二人の魔族がニヤニヤと笑うだけだった。やがてヴィテーズは森の中にまで引きずられ、そこに放り投げられた。