「花、堕ちる―後編―」-4
けれど、思いがけぬかたちで得た闇は心地良かった。
千世の見たくないものを覆い隠し、聞こえてくるのは愛しい者の声ばかりだ。
もう望まぬ結婚などしなくて良い。
ただ、濃い暗闇のなかで緩慢に堕ちていけば良いのだ。
「・・・藤吉。あたしは、今が一等しあわせ」
夜は静かに更け、明け方など来ないような深い闇が広がっている。
青白い月明かりがどこか不健康で、しかし眩しすぎる日の光よりは好ましかった。
二人は募る想いを持て余し、闇夜を進む。
枯れぬことのない花などない。
大輪の花がやがて散っていくように。
千世という花ははらはらと堕ち、それを藤吉がそっと受け取ったのだ。
落下する花。
盲目になり、誰もが千世を哀れみ、お気の毒さまと声をかけるが、千世はそうは思わない。
世界を失っても、闇に沈んでしまっても、一番近くで藤吉の声を聞き、触れることの出来る今が、千世は愛しかった。
「お嬢さん」
低く、穏やかなこの上もなく慕わしい声が千世の闇に響く。
「寒くないですか」
藤吉は手中の花に尋ねる。
「…少し」
千世は藤吉にしがみ付いている手に力を込める。
本当は寒ければ寒いほうが良い。
お互いの身体の温かさを伝え合えるから。
二人きりのような夜に、二人分の鼓動が闇に溶ける。
千世はくぐもった声で、再び呟く。
藤吉には伝わっているだろうか―。
しあわせ、と。
―了―