投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

「花、堕ちる」
【その他 恋愛小説】

「花、堕ちる」の最初へ 「花、堕ちる」 6 「花、堕ちる」 8 「花、堕ちる」の最後へ

「花、堕ちる―後編―」-3

「お嬢さん。今日は月が綺麗ですよ」


澄んだ空気のなか、望月が冴え冴えと闇夜を照らしている。

「…美しすぎて、少し怖いほどです」


丑三ツ刻も近いのだろう。

辺りは森静として、月の明るさに圧倒された、弱い星の瞬きも聞こえてきそうだ。


店の裏木戸から続く細い路地は、長屋が連なる一角を過ぎると、小川の川縁に繋がっている。

枯れた薄が揺れる、小川にそって藤吉はゆっくり進んだ。


千世は小柄で華奢なので、こうして袢纏を羽織っていれば、赤子をあやしているようにも見えるだろうから、不審に思われることもあるまい。


背中の千世は相変わらず大人しかったが、眠った気配はない。

千世の、この二年で痩せて、やや骨ばった細い腕や脚の温もり、藤吉のうなじに微かにかかる吐息を感じる。

藤吉は、束の間幸せを味わった。

このまま千世を連れて、遠くにへ行ってしまおうか―。

藤吉は、今日もう幾度かになる、そんな誘惑にかられた。



千世が、愛しかった。



今、こうして藤吉が千世のそばにいるのは、責任感からではなくて。

ただただ一緒に時を過ごしたい―。

それだけなのだ。




「藤吉」

澄んだ声音が、藤吉の耳に響いた。

「はい」

「・・・お前は、分かっておいでだね」

あたしが、自分で毒を呷ったこと。


藤吉は何も言わず、黙々と歩く。

広い背中は、存外にがっしりとしていて、千世をこの上なく安心させてくれた。


藤吉ではない誰かの許へ嫁ぐことなどできなかった。

好きだったのだ。

手をひいて歩いてくれた、あの幼かった時分から。


でも、どうしても言えなかった。

言ったとしても、叶えられることはなかっただろう。


他の男のものになるなど我慢ならなかった。

そして、藤吉が自分以外の娘と夫婦になるのはもっと許せなかった。


手に入らぬなら。

叶わぬなら。

いっそ。


「花、堕ちる」の最初へ 「花、堕ちる」 6 「花、堕ちる」 8 「花、堕ちる」の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前