Dear.She and I-1
彼女の葬儀は、俺の家でひっそりと行われた。
初めて努める喪主という大役と、それに伴う書類だの業者だの参列者だのと画策する仕事は、悲しみに暮れる暇もない程に忙しかった。葬儀の間も、終わったら次は何をしてあれをどうしてと考える事が多すぎて、彼女のにこりと微笑む遺影を眺める時間もなかったくらいだ。
葬儀の後は、家族や親族、友人等と彼女の話を肴に酒盛り。
あの時はああだのこうだのと話は驚く程盛り上がり、笑いが絶えなかった。
生前の彼女の人柄の良さを改めて実感した。
「そういえば賢くん、子供の名前は決まったの?」
彼女の母ちゃんが、赤い顔で俺に問う。
「実は、何だかんだでまだ決まってないんですよね…」
子供が産まれた時には既に、彼女は話す事も出来なかった為、1ヶ月と少し経った今でも俺達の子供は戸籍上《空欄》のまま。
「早く追完届出そうとは思うんですけど…何て付けたらいいか…」
名前はきちんと話し合って決めたかったし、2人で納得する名前を付けたかった。
「そっかぁ、じゃあまだごんべくんなのね」
笑いの起こる和やかな雰囲気。
葬儀中は皆が静かに泣いていて、とても重苦しい雰囲気だったのに。
「あ、賢くん、あの子の日記見たことある?」
「え?日記…ですか?」
「そう、毎日書いてたでしょ?中学の時から始めてよく続くわねって感心してたのよ」
私がボケたら見てもいい、と言っていた彼女の日記。
「実はあの子が中3くらいの時に、こっそり見た事があってね」
彼女の母ちゃんは、赤い顔を更に赤くして、興奮したように話を続けた。
「なんか、手紙みたいに書いてるのよ。アンネの日記みたいな感じ?見てて面白かったわよ」
天を仰ぎながらクスクスと笑う。
「…あの子に見ちゃった事、結局伝えられなかったなぁ…」
賑やかだった雰囲気は、途端に静寂を纏った。
皆の心の中の彼女は今も元気で、可愛らしい笑顔で笑いかけてくれているに違いない。
そう思った。
***
葬儀から一夜経って。
忙しさも一段落ついた俺は、二階にある彼女の部屋へと足を運んだ。
俺の家は、住んでいる人数の割に空き部屋が多く、俺と彼女の個人部屋と寝室を抜かしても、部屋はいくらか空いていた。
その、彼女の個人部屋。
ガチャリとドアを開ければ、一番に目に入るのは彼女の好きだったアーティストのポスター。
右側には2人掛けのソファー、左側には大きな本棚に本がぎっしり、床には俺1人くらいが寝転んでもはみ出ないくらいのピンクのカーペット。
とてもシンプルで綺麗に片付いた部屋の中は、今も彼女の匂いが残っていた。
足は右側へと進む。
お目当ては、あの時言われた彼女の日記。
ぎっしりと本の詰まった本棚の目の前に立ち、背表紙を目でなぞる。
歴史小説、恋愛小説、推理小説、現代小説、ファンタジーにSFと様々なジャンルの本を目の端に流して、目当てのものを捉える。
Diary。
シンプルにしてそのままの背表紙。
きちんといつからいつまでと、月日の流れも書いてある。
彼女らしい、と少し笑って一冊目を手に取った。
普通のノートより厚みがあり、ノートより小さい彼女の日記。
表紙を開けば、俺の知っているものよりも若干幼い彼女の文字。
彼女の日記は本当に手紙のように書かれていた。誰かに向けては書かれているようだが、誰に向けてとかではなく、相手の名前は書かれていないが、最初にただ『Dear』とだけ記されている。