走馬灯-8
「企画課には10名が配属になった。いずれも意気揚々としている。既存社員もうかうかしてられないぞ。今は一から十まで教えてあげること。自分たちで百千までのぼりつめたなら、そこからはライバルだ。高めて、高め合え。勇将の下に弱卒なし、だ。」
自分で自分を勇将とか言っている。今頃、肉を考えている田宮を見た。話はさらに続く。「全員早くこの職場に慣れて結果を残すんだ。いいな?」「はい!」元気良く返事をしたフレッシュマンを課長は満足そうな表情で見つめ、うんうんとうなづいた。「班リーダーは新入社員を席へ案内し、ミーティングを開くこと。以上。」かっこつけて振り返った瞬間、足をぶつける課長。小林はこの時笑っていた気がするが、まあいいだろう。演じるのは難しい。アドリブで笑わないでやろう。
席ならば知っている。俺の席は左から2列目、入り口側のはじ。かおりは向かいの窓際。顔を合わせる形になる。小林は右の方だった気がする。もともと相容れない仲だったと考えるのも安易。少しずつ遠ざかっていく3人。ここからでは、とかおりの様子をうかがい知れない。
この場所に飛ばされてから、命を変えられる場所ではないと気付くと、なんとなく無力感に襲われる。焦り・苛立ちを思考という作業で覆い隠す。これから何度、走馬灯として他の場面に飛べるのだろう。次が最後かもしれない。なんとしてもクロスしなければ元の木阿弥だろう。俺は俺を殺したくなる。
今回の俺が俺を殺さなければどうなるのだろう。前の俺は俺を殺した。未来は知らない。走馬灯として見ることはない。定義としてではあるが信じる。過去の旅。そんなことよりも見るに耐えがたい田宮清二という男を変えたい。
この時、同じ班になった俺とかおりはメアドを交換していたはずだ。その日の夜のメールには珍しく癒されたものだ。愛情深くて、真っ直ぐで、不器用で、がさつで、男っぽくて、でも涙もろくて、人間らしい人間のかおり。こんなにもたくさんのかおりが頭に巡るのに、どうして別れを選んでしまったのだろう。どうして3年も会えなかったのだろう。どうして…
「小林君泣いてるの?」班リーダーの社員が優しく話しかけた。「すみません。花粉症がひどくて…」「今の季節って大変だからね。がんばろうね。新しく小林くんを迎えて、これからC班は…」
かおりが好きなんだ。どうしようもなく。誰よりも、何よりも大切だったんだ。死ぬ間際、初めて素直になれたのは、きっと小林を失ってかおりの悲しむ顔を見たくなかったからだ。
山崎まさよしのワンモアタイムワンモアチャンスが頭の中に鳴り響いた。命は繰り返し、かおりのもとへ再び旅に出た。今度こそ何があってもかおりを幸せにしてみせる。また一つ目的ができた瞬間だった。人よりも後悔が多い人生だったから、きっとこんなことが起こったのだろう。小林には絶対に渡さない。走馬灯が歪みを起こしても、変えたい。変えてみせる。
『真中かおりです。今日はお疲れ様でした。同じ課、同じA班になれて嬉しかったです。よろしくお願いします。』
『そういえば私と田宮さんって二次面接の時に一緒だったんですよ?覚えてないか(苦笑)私は覚えてます(*^-')bとてもしっかりした方だなぁって…私は落ちるだろうなぁって<(_ _;)>』
『そんなご謙遜なさらずに!なんだか頼りがいがあるなぁって思ってるんです。入社式のセレモニーで私、やっちゃったじゃないですか(~_~;)あの時は助けてくださってありがとうございました!』
『ですよね〜(^o^;)色々な方が田宮さんに声をかけてましたもん。私はあのあとグッタリで…。あれからずっとお礼を言いたかったんです!』
『なんか私だけ話し過ぎちゃってますね。反省です。それじゃあこれから仲良くしてくださいね(`・ω´・)b明日も早いですから、そろそろ寝ますね。お互いに頑張りましょう。おやすみなさい。』
気まぐれ。どちらかと言えば作為的。人間として俺と向き合ってくれたかおりははじめから全てを見透かしていた。遠慮気味だったかおりも付き合うようになってから、ぶつかり始めた。優しい言葉に酔うことなら誰にでも出来る。痛々しいと敬遠せず、付き合うことを選んだ勇気あるかおりがあまりにもいとおしい。
人を愛し涙する。田宮は少しずつ人になっていく。人の体で泣くのはあまりにも迷惑な話だが。