走馬灯-24
ならば俺が偽者というのに気づいても仕方ない。模倣する役だから、仕方ない。とは言うものの、一つひとつが人生最大の勝負だ。諦め半分、期待半分。ひとつよいことさてないものよ、だと本当に思う。俺じゃないし、でも俺だし。バレちゃダメだけどバレたら困るし。そんな自問自答があと何回出来るのだろう。ここから終末はもちろん近い。
区切りは必ずやってくる。学校、交友、仕事、結婚、死別、そして走馬灯。時が来れば、きっかけさえあれば、隣で優しく厳しく、時に残酷に微笑む。なのに何故、と考えていた時期もあった。今はその答えが分かる気がする。
まず自分を幸せにする自己満足がある。同時に人を幸せにする自己満足がある。ひいては人を幸せにすることで自分が幸せになれる自己満足が目的になる。だからいつか途絶える命を振り絞り、人は生きるのだ。教えてあげたい。随分と主観的な自分に。客観的に愛してあげたい。損をしていた自分を。
そう。今の自分は小林だから。自分を殺して道連れにしてしまうのもいいかもしれない。過去は変えた。田宮とかおりにあるべき過去が戻ってきさえすればいい。確かにその後は考えた。自分ははかなく消えてしまうのか、自分に舞い戻って新たな田宮の人生が始まるのか。２つに１つ、か。今となってはもう…。
そろそろ２度目の電話をしよう。峠を越え、明かりも絶え絶えの中核都市へ最後の旅に出よう。昔の俺の警告にある、あのカーブは決して最後にはならない。その前に命を絶つ。作為にまみれた俺も、欲に溺れた小林も死ねばいい。言えばあのカーブを過ぎる頃、田宮の絶望は終わっている。言えばあのカーブの手前で小林の罪は終わる。
怖くはない。かおりを、自分を心の底から愛せたから。こちらに一台の新しい車が向かってくる。街灯に照らされた運転席に乗る、幸薄い男。瞳には揺るぎない決意と深い愛をたたえていた。今までよく生きてくれた、憧憬の想いを共に乗せてほしい、ダッシュボードの片隅でもいいから。走馬灯を過ごした俺から、それだけがはなむけ。
もちろん酔っ払うような無様な真似はしない。前回の俺が何故あのような酩酊モードにあったのかは知る由もない。今に際してはウコン茶も必要なければ、ある理由以外には車をちょっと停める必要もない。ぶちまけ花火など、もっての他だ。さぞかし未来でも憂いていたのか。
今回ウコン茶が用意されていないのは、過去が変わったからという理由ではないだろう。そもそも、死にゆく身であるから特には気にしない。田宮は元より無駄を好まない。というよりも余計なことはしたがらない。かと言って、見え透いた気遣いは嫌いながらも、意外に多用する。他を非難する資格はないぐらい、充分に矛盾に満ちた田宮、本人の側からは気付けないものだ。
ただし、以前の話である。今現在は過去にない人間性を兼ね備えているのかもしれない。かおりを求めてさ迷う田宮、プライドをかなぐり捨てて助けを望む田宮、色々な田宮は証明してくれているはず。今日は酔っ払っていなそうだからウコン茶を出さない、それだけだ。
小林は過去の狼藉を悔いて死を選ぶ。田宮は自らの意志と小林の遺言、かおりの想いをつなぎ合わせ未来を描く。ドラマの筋書きは一応の所、整っている。予定としての自らの死は随分と非現実的で客観的だと思うが、一度は経験済みだ、なんとかなるだろう。悪は駆逐される。懲悪はヒーロー物には欠かせない要素だ。
小林は何も知らないままに死にゆく。せいぜい嘆き悲しむがいい。死をもってつぐなえ。死をもってあがなえ。最後に富や名誉も懐古できずに、くたばり、朽ち果てるがいい。きっと走馬灯は俺だけに与えられた奇跡。せっかく変えた過去に対しての仕返しの走馬灯だけは勘弁してほしいが。