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走馬灯
【その他 官能小説】

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走馬灯-23

「待ってたの。清二のこと。」

「…?」

明らかに拍子抜けというか、肩すかしを食らったというか、鳩に豆鉄砲というか、とにかく不思議な顔をした田宮。まずは正確無比な皮肉コンピューターを崩す。 飛車角の二枚落ちを狙っていき、左右に揺さぶり牙城を落とせば、と思う。

「清二の手で自由にして。」誇りとする計算が狂っていく。歯車が不協和音を奏で、心拍数が上がっていく雰囲気だ。「全部をかなぐり捨てて守ってほしい。お願いだから。愛してるの。清二のこと。」小林からかおりを奪い返すぐらいの強靭な意志はほしいところだ。でなければ、きっと最後は変わらない。

作為は嫌いになったはずだった。虚構は捨て去ったはずだった。しかし、犠牲はいとわない。もはや戻る道などないのだ。田宮は車を走らせながら、とても思い悩み、苦しそうにしている。半年間も恋い焦がれた女と全てを捨てて生きる決心が、未だつかないのだろうか。やがてフロントガラスには雨粒がポツポツと当たり、田宮は路肩に車を停めた。もちろんあの時から3年あまりの月日が流れていた。

「待たせるかもしれない。けど、取り戻したい。2人で生きていこう。頑張るよ。」確かにそう言ったのだった。前向きでひたむきな田宮の瞳が変わった。対向車のハイビームのせいではなく、輝きに満ちている。今、一人の男が自ら光を放つ恒星に変わった。起死回生。過去が終わり、未来が始まった。不定期に飛ばされながらも、見守ってきた旅の終着点まであと一つ。

田宮を殺さないことを心に決めた。たとえ自らの存在が継続されようと、たとえ未来永劫に抹消されようと。何があろうと後悔も反省は微塵もないだろう。結果を論じることも、末路を見届けることもないかもしれない。それでもいい。走馬灯がくれた奇跡には本当に感謝している。閉じていく中で最後に見られたのは夜明け近くの朝焼け、照らされても揺るぎない意志をもつ田宮の横顔。

「待たせるかもしれない。」その意味を知ったのは本当の最後、この世から消える時だった。





時計は午後11時28分。もうお馴染みだが、今日は時間をソアラで見ている。立身出世で金回りが良くなった小林は、急にシチズンからロレックスに変えた。ズッシリと肉厚なベルトが、足でいうとくるぶしの部分にひっかかり、そこはかとなく痛む。

電話の相手は田宮。ここで迎えを一回頼むことにする。となりで指をくねらせるようにからませる例の愛人から離れ、店外へ。持ちうる皮肉を最大限活用する頭脳とのファーストコンタクト。となりで「課長、もう一件行きましょう。俺、課長とだったら…。」と他の社員が声をかける。オベッカか、心底心酔しているのか。残念なことに後者といったところか。

「わりぃ。俺明日プレゼンあんだよ。田宮、頼むわ。送ってくれや。あともう少ししたらまた連絡するわ。」自分でも随分と身勝手な言葉を言っていると思う。お手本がなければ一生言い放つことはないだろう。なぞることはプライドを少なからず傷つけるものだ。

この世の新発見や新発明、新曲に至るまで全て模倣から始まると思う。やり方を習い、やり方を知り、自分なりの解決策を探す。だから実は少しずつ似たかよったかになってしまう現実。完全オリジナルと言われるものさえ、元を正せば温故知新。感化という形で影響を受けているのだ。


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