男性には向かない職業-6
女性が到着し、こちら側も準備万端で分娩に臨む。
私は母親を大声で励ましていたけど、頭では先輩の、
『絶対に、助からない』
という言葉がぐるぐる回っていた。
お願い。生きるために産れてきて。
女性は陣痛に耐えきれず、「痛い、痛いよ」と泣きながら大声を上げた。
仰け反り、暴れようとするのを押さえ込んでは「ひっひっふーですよぉ」と彼女の声に負けぬよう大声で、しかし威圧しないよう伝える。
名前が決まっているのかわからないまだ見ぬ赤ちゃん。
どうか、お母さんのがんばりに応えて上げて!
外に出て来たら、大声で泣いてあげて!
『産れてきたよ!』って。
『生きたいよ!』って。
私は女性の手を取り、祈る。
「うぐ、んん!」
女性が激しくいきんだその時、一キロにも満たない赤ちゃんが、完全に姿を現わした。彼女の位置からでは赤ちゃんが生まれたかどうか見えないようで、まだいきみ続けていた。
赤ちゃんは手のひらサイズの小さな体躯を動かし、口を大きく広げる。
がんばれ、泣け。
呼吸をするんだ!
泣けば、生きられるぞ!
私の祈りに呼応したように、赤ちゃんがくしゃっと顔を歪ませ、
「ア゛ァ゛――」
今まさに赤ちゃんが泣き出したところを、先輩が手を口に当てて止めた。
…………え?
手術室内部の喧噪が私から一気に遠のいた。
この人は、
なにを、
やってるんだろう……。
赤ちゃんが呼吸をするためには、泣き声を上げなくちゃいけなくて、それを、先輩が、手で口を押さえて止めている?
整理しても事態が飲み込めない。
先輩の顔を見ると、女性にばれぬよう私に向かって、唇に人差し指を当てる仕草をした。
女性の見えないところでは、産み落とされた赤ちゃんが、口を押さえられて、息が出来なくて、赤色からみるみるうちにどす黒く変色していっている。
「何やってるんですか!」と、言えない。先輩の視線が鋭かったというのもあるけど、あまりの出来事で、口を開くが声が出せない。
女性はようやっといきむのを止め、熱く、深く、息をゆっくり吐き出した。
「あ、ああ……産れたのね」
女性の目の端からひと滴、涙がこぼれ落ちた。赤ちゃんが生まれて、本当によかった――という、涙だ。
よほど陣痛が辛かったのだろう、彼女は産んだ赤ちゃんを確認する前に気を失ってしまった。
母親が気を失うと同時に、小刻みに動いていた赤ちゃんも、動かなくなった。
赤ちゃんが、お母さんの前で、死んだ。
せっかく産れてきたのに、呼吸をしようとがんばっていたのに、先輩は……赤ちゃんの呼吸を止めた。泣こうとしているのを止めた。
先輩が赤ちゃんを殺した!
「――っ先輩!」
頭に血が上り、力一杯怒鳴る。
「何でこんなことするんですか!」
「ちょっと来い」
私の勢いに負けないくらいの迫力を持って、先輩に袖を引っ張られた。
喧嘩上等、殴り合いでも何でもやってやろうじゃないですか。
あなたは、赤ちゃんを殺した。
……絶対に許せない。
「先輩、これってどういうことですか!」
手術室から出ると私は先輩に突き放された。
「お前は邪魔だ。頭を冷やせ。終わるまで手術室に入るな」
「……え」
先輩の冷静な声に一悶着あると身構えていた私は酷く混乱した。
彼女は私をちらっと見る。けど、何も言わずに踵を返した。
「ちょ、ちょっと待ってください。どういう意味――」
私の震える声に反応することなく、彼女は扉の向こう側へ歩き去った。
手術室の扉が閉まるのを、私はただ呆けて見つめていた。