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男性には向かない職業
【純文学 その他小説】

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男性には向かない職業-1

01

 赤ちゃんが特別好きだったわけじゃないけど、命が産まれるその瞬間を手助けしたいなっていう漠然とした思いから、私は助産師になった。
 赤ちゃんが好きじゃないのにどうしてなったの? って友達に聞かれることもあったけど、赤ちゃんが好きだからなる職業じゃないと思うんだ。
 少なくとも、自分がやりたいことに少ぉしでも関連している分だけ、生きるため、お金を貰うためだけに仕事をしている人達より、私は幸せだと思う。

 助産師の研修生としていろいろお産に立ち会ったりはしたんだけど、私が国家資格を取って初めての助産はとても感動した。
「がんばってください。もうすぐですよ」と声を枯らしながら母親を励ます。励ましているうちに、私も「ひっひっふー」といきんで、いきみすぎて目眩がして、倒れそうになった。
 ようやっと産道を通って、産み落とされた瞬間に赤ちゃんが産声を上げる。
 体に付着する羊水や血液を拭き取った時、まんまるの顔をくしゃっとさせて、更に赤くなる。泣き声を上げる度に、
『僕たち私たちは生きています』
『生きているんです』
『生きたいんです』
 って、体の底からひしひしと伝わってくる感覚が、私の胸を熱くさせた。
 胸が熱くなって、涙が滝のように出た。
 赤ちゃんと一緒にえぐえぐと泣いた。
 私があまりに泣くものだから「泣きすぎるな、バカタレ」と蒲池先輩にお尻を蹴られた……。
「ひ、酷いです。蒲池師長」
 師長と呼んだ瞬間に顔をしかめ、二度目の蹴りを放った。もちろん打点は私の臀部。
 ……痛い。
「師長じゃなく先輩と呼べ、バカタレ」
 師長って呼ばれるのが嫌なのかな? こんどその理由を聞いてみよう。
 彼女の口ぶりは患者さんにも噂されるくらい女らしくないし、怒ったときの動作は荒々しいけど、心は優しい人だ……と思う。
 私がとある赤ちゃんを見た時だ。その子の目はお店にならぶ魚の目のように死んでいた。あまりにも虚ろで、可哀想だった。魂を注入してあげればきっと目が輝くと思った。だから私は赤ちゃんの額に水性ペンで『魂』と書いてみた。
『魂』を注入し終えると、額がくすぐったかったのか赤ちゃんは両手を顔へ伸ばして満面の笑みを浮べていた。
 そんな様子を見ていると、なんだか赤ちゃんの額にそんな文字を書くことへの罪悪感がこみ上げてきて、急いでハンカチに消毒液をなじませて消そうとした。
 ――そこを蒲池先輩に見つかった。
 殺されそうになった。
 ほんと、死ぬかと思った。
 ナースキャップを張り手一発で吹き飛ばされて、髪の毛を思いっきり掴まれた。そのままリノリウム張りの床に正座させられた。
 ……もう二度と彼女を怒らせまい。
 目の死んだ赤ちゃんは、私が怒られている横で楽しそうにきゃっきゃと笑っていた。
 全く、親の心子知らずだ。

 私のいる産婦人科では毎日新しい命が産れる。
 赤ちゃんが産まれると私はいつも自分事のように喜ぶ。
「おめでとうございます!」
「かわいい女の子ですよ!」
「元気な男の子です!」
 こう言う度に小さく強く拳を握りしめる。私の胸の奥がキューと音を立ててはち切れそうになって、踊り出したい気分になる。ここで踊り出したら人格が崩壊している人だと思われるのでぐっと堪える。
 でも、涙腺は何回か崩壊した。
 私があまりに喜ぶものだから、今しがた赤ちゃんを産んだばかりのお母さんに困惑されたこともあった。
 喜びが度を超えると、蒲池先輩の強烈な回し蹴りが私の臀部を直撃した。
 彼女に「あまりはしゃぐな」と窘められても、私は反省しない。
 だって、命が産れるって素敵なことじゃない? 喜ばしいことじゃない?
 私は毎日新しい命が産れる瞬間を助けられる喜びを噛みしめながら、助産後のほどよい疲労感に身をゆだねて思う。
 ――新しい命が産れる手助けをする助産師って、なんて素晴らしい職業なんだろう!


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