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Dear.
【悲恋 恋愛小説】

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Dear.The last smile-1

それは、朝食も済んで一息ついている間の出来事だった。
ガタンッ。
台所から、何かが倒れる音がした。
「志穂?どうかしたのか?」
声を掛けても返答はない。
不思議に思った俺は、おもむろに立ち上がり台所を覗いた。
「…!志穂!!」
見れば、志穂が床に右側臥位の状態で倒れていた。
大量の下血により、床は真っ赤に染まっている。
「志穂!!おいっ、志穂!!」
「けっ…賢悟、救急車…、それと、綿貫に電話して…」
「わ、わかった!!」
倒れている志穂を見て狼狽える俺に対して、息切れして苦しそうな呼吸をしているにしろ、志穂の意識ははっきりとしていて冷静だった。
「…あ、すみません!救急車を一台お願いします!妊婦の妻が出血して…えぇ…住所は…」
志穂の様子を窺いながら、119番と綿貫産婦人科クリニックへ電話する。
その間も出血は少しずつ、でも確実に継続していた。
「大丈夫か志穂!もう少しで救急車来るからな!」
「うん…うん…」
か細い声で、志穂が力なく返事をした。

10分後、救急車が到着し、経緯を説明して直ぐ様綿貫産婦人科へと急いだ。

家から20分程で綿貫産婦人科クリニックに到着した。
電話を受けて、外では看護師2人が既に待機していた。
「木ノ下さーん!頑張って下さいね、もう少しの辛抱ですよ!」
志穂は、すぐに手術室へ搬送となった。
その搬送途中、志穂は、
「看護師さん…、私、すごい出血しちゃって…、先生に伝えてもらえますか…?貧血なので…お願いします…」
と、自分で状況を伝えていた。
これが、俺が意識のはっきりある志穂を見た最後だった。

志穂が手術室に入ってすぐ、津田という医師から「母子共に危険な状態であり、帝王切開で子供を取り出さないとどちらも命を落とす」と話があり、俺は助かるならば、と帝王切開手術を承諾した。
志穂が倒れてから、約1時間が経過していた。
神様。どうか、どうか。
助けて下さい。
志穂も、子供も。

30分も経たないうちに手術は終了した。
未熟児ではあるものの、志穂は無事男の子を出産したのだ。
しかし、俺の志穂と子供への面会は許されなかった。
早く志穂に会いたい。
会って無事を確かめたい。
なのに、いつまで経っても面会は許されないまま。
そして待つこと1時間。痺れを切らした俺は、通りすがりの看護師を呼び止め、
「すみません、さっき手術を受けた木ノ下ですけど、妻と子供にはいつになったら会えますか?」
と聞いてみた。
「え?あ、はい。確認して参りますので、少々お待ち下さい」
看護師はペコッと若干頭を下げ、パタパタとナースステーションへと消えていった。

5分程して、俺が声を掛けた人とは別の看護師が俺の所へとやってきた。
左胸に付いている名札には『百瀬』と書いてある。
「木ノ下志穂さんですね。どうぞ、こちらです」
百瀬看護師が先導して、俺は志穂の元へと向かった。
案内されたのは処置室。
様々な機器や薬品棚が所狭しと並べられ、中央に1つのベッドがある。
そのベッドに志穂は横たわっていた。
意識はない。
「木ノ下さーん」
百瀬看護師が、志穂の耳元で大きな声で名前を呼ぶ。反応はない。
「木ノ下さん、木ノ下さーん」
肩を揺すりながら再度名を呼ぶ。志穂に変化は見られない。
「木ノ下さぁん、木ノ下さん!」
志穂を耳元で呼び続けて5回目。5回目の呼び掛けで、志穂の目が一瞬開いた。
「!!志穂っ!」
…が、その瞳もすぐに閉じられ、志穂はまた意識のない状態へと戻っていった。


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