ふつう-第八話-3
一番近くの、これ。
…何これ…服のどこのパーツなの…。
“TT '09A/W JK02 肩-外袖 表地2枚”って…袖!?
これが袖!?
他にも色んな所に“イセ 0.7c”、“伸ばし 0.8c”とか、矢印みたいなのとか、細々書いてあるけど…。
「わりー、お待たせ。おっ、パターン見てるねー。はい、お茶」
「あっ、ありがとう。…ねぇ、ここの英語とかどういう意味なの…?」
「あーえっとね、TTは多岐野鷹丸のイニシャルで、'09 A/Wは2009年秋冬のこと、JKはジャケットの略で02は2着目ってこと。ちょっとした簡単な品番ってとこかな。肩-外袖ってのは肩から外側の袖に繋がったパーツのこと。表地2枚ってのはそのまんま表に使う生地を2枚裁断するってこと。左右に必要だからね。この矢印みたいなのは“地の目”ってやつなんだけど…難しいよな」
「でも言われてみると理解出来るかも。じゃこっちのパターンの…“TT '09 S/S PT03”ってのは…」
「多岐野鷹丸の2009年春夏、3着目のパンツ」
「というわけでございますか…。こっちのこの…これ、“前身頃04”ってのは…?」
「体の前の部分にあたるパーツの4つ目ってこと」
「あのボディってやつが着てる…なんだろ…くすんだ白っぽい生地の…あの服は?」
「あぁ、あれは“トワル”っていって、一度ひいたパターンが立体上でどうなるかを確認、修正する為のサンプルみたいなものかな」
「へーっ…。あ、このパターンの…衿は…衿だよね…。あっ、カフス…はいはい、名前だけなら何個か分かるのもあるけど、しかしこのパターンの形と実際の服の形とが全然結び付かないんだけどー…」
「まぁ勉強してない人から見れば全く分からないよね。俺も勉強始めたばっかりの頃はほんっっとに意味不明だったし」
“SANDALO”って書いてある細長い箱からお香を取り出し火を着け、そのままタバコにも火を着けながら言った。
フワッとくどくない、調度良い甘さが流れる。
タバコの臭いはしてこない。
「ふーん。そもそも何で服作ろうと思ったの?」
「服が好きだから」
「…それだけ?」
「まぁあとは、ほんとに好きならその構造から突き詰めたいなーとか、どうせやるなら自分でアパレルの道そのものを突き詰めたいなーとか、考えたからです」
「…なぜ敬語?」
「何となく」
「ふーん。でもまぁ、鷹丸くんぽいねぇ」
「そう?」
「うん。何かね、その深いとこまで突き詰めていこうとするとこ、まさに鷹丸くんだね」
「ほーう」