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Dear.
【悲恋 恋愛小説】

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Dear.Proposal-5

こんなに全速力で走るのは、高校生の時以来だ。
すれ違う人達が驚いたような視線を俺に向けてくるが気にしない。
今はただ、志穂に会いたい。それだけ。
俺の家から徒歩で約1時間。走れば20〜40分程で着くアパートに志穂は高校時代から一人暮らしをしている。実家は少し遠いところにあるのだそうだが、通いたい高校があるからと無理を言って親を納得させて、一人暮らしをさせてもらっているのだそうだ。
ぜぇぜぇと肩で息をしながら、志穂のアパート前に立つ。
息を少し整えてから階段を上り、目当ての部屋の前で再び立ち止まった。
204号室。西山志穂。
表札の下にある呼び鈴を押せば、中の方でピンポンと音がして、「はーい」と志穂の返事が聞こえた。
ガチャッ、ガチャン。
中から志穂がドアを開ける。同時にチェーンロックがピンと伸び、これ以上は無理と悲鳴を上げた。
「どちら様でしょうか…」
10cm程開いたドアから志穂がこちらをうかがう。
そして、俺の顔を見て、見た事もないくらい驚いた表情をその顔に浮かべていた。
「けっ…賢…」
「…こんばんは」
その驚いた顔のまま1分程静止していたが、ハッと我に返ったのか、志穂は急いでチェーンロックを外してドアを全開に開けた。
「…どうぞ…」
見慣れた志穂の部屋が眼前に広がる。
色彩鮮やかな部屋の中からは、ほんのり美味しそうな匂いが漂い、食事中なのだという事がうかがえた。
「…?賢悟?」
志穂に部屋の中へ招かれたにも関わらず、俺の足は前へ一歩も動かない。
「どうしたの?入らないの?」
怪訝そうな顔で首を傾げる志穂。
言わなければ。
…今、言わなければ。
「…志穂」
「え?」
「…結婚しよう」
「…え?」
プロポーズまで父ちゃんと一緒なんてどうかと思い、走ってくる道すがら『一緒の墓に入ろう』とか『一生一緒にいてくれや』とか色々と考えたが、本番を前にしたら、やはり出てきたのはシンプルなこの言葉。
遠回しに言ってわかってもらえなかったら悲しいし、それに何より、この言葉には全ての覚悟が詰まっているような気がした。
「え…何…」
「俺と結婚しよう、志穂」
先程とは少し違う驚いた表情で、志穂はまた硬直した。
「あ…あの…」
「金なら大丈夫。俺の大学院用にコツコツ貯めてきたのがあるし、父ちゃんと母ちゃんが貯めてきたのもあるし、ばあちゃんが貯めてくれたのだってある(いざとなったら)」
「でも…それじゃ…大学院…」
「夢は持ってるだけで生きていける。何歳になったって諦めなければ夢は叶う。…でも、そいつは諦めたら生きていけないだろ…?」
そう言って、俺が志穂の腹を指差す。
志穂の体内に息づく、俺と志穂の大事な大事な宝物。
「だから…、俺と、結婚してくれる?」
「うっ…うん…、うんっ…!」
志穂の瞳から涙が溢れた。
堤防が決壊したみたいに、次から次へと溢れてくる。
そんな志穂を腕に抱けば、胸に広がる暖かな感じ。
「わっ、私、賢悟から反対されたらっ…1人で産もうって…だから…私…」
「うん、ごめんな、不安にさせるような事言って」
嗚咽も隠す事なく泣きじゃくる志穂の頭をポンポンとあやすように叩けば、更に激しく泣いてしまった。
「2人で立派に育てような」
「うん…うん…」


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