『秋の風とジグソーパズル』-4
「慣れちゃったよ。始めはつらかったけど、最近はもう、ね。」
そう言って微笑んだ。欺瞞の色のにじみ出た顔で。その欺瞞は、俺にというよりはむしろ、柊子本人に向けられているようでもあった。もちろん、俺の勝手な推測に過ぎないのだが。
柊子に倣うように俺もマグカップの底に少し残ったコーヒーを飲んだ。
「あのさ…」
諦めたような声で俺は話しかけた。
「大人になったら好き嫌いが無くなっていくのってさ、実は味覚が退化していくからなんだってさ。苦さとかを感じる部分が鈍感になっていくからなんだ。だからコーヒーをブラックで飲むこともできるようになる。って、テレビで言ってた。」
柊子は何も言わず聞いている。俺はピースを一つパズルに組み込んだ。
「つらさに慣れていくってこと、悪いことじゃないと思う。むしろ必要なことでもある。でもさ、そうなることだけが、本当に進歩してるってことなのかな。つらいことを、つらいって思えること、つらいって言えること、そういうある意味での、幼さみたいなものも大切なんじゃないかな。」言い終わると、少しばかり気まずい沈黙がその場を覆った。
柊子は一つのピースを弄びながら、俺の言葉を吟味しているようでもあった。
「…ゴメン。わざわざ回りくどいことを言って。」
一通り沈黙の重みを感じた後、俺は再び口を開いた。その重み解放してやるように。
「ようするに、俺が言いたいのは、柊子には、つらいことなんかに慣れて欲しくはないってこと。慣れちゃって、ずっとつらいままでいるなんてことになって欲しくないんだ。」
「うん…ごめん。」
柊子は小さく、そう言った。
何が「ごめん」なのかは分からないけれど、その台詞はさっきよりも、いくらかは肯定的な響きを含んでいた。
再び、柊子はパズルを組み立て始めた。
「でもどうしたらいいか分からないんだ。だって、ひさぎのことを好きになったのも、私の勝手なんだし。勝手に好きになって、振られて。だからってそれで友達をやめるだなんて、ひさぎに悪い気がして。私がちょっと我慢すればそれでいいのかなって。それに私がひさぎから離れたくないっていうのも本当だし。」
柊子は散らばっているピースを幾つか拾い上げて、それを確かめるように見ながら一つずつ掌からテーブルに落としていき、最後には全て落とした。
その中の一つを拾い上げ、よく見てから俺はパズルにそれを組み込んだ。
「やっぱりお前は、まだひさぎのこと好きなんだな。」
「…うん。」
「忘れろよ。ひさぎへの気持ち、もう忘れろよ。いつまでも手、離さないでいたら、正しいところへなんて進めないんだから。忘れて、次に進まなきゃ。そのためにも、あいつと少し距離を置くべきだよ。そうするのが、おまえにとっても、あいつにとってもいいと思う。」
…そして俺にとっても。
柊子は俺に友達としての無償の励ましを求めているのに、俺は俺のための打算を含んだ言葉を投げ、柊子はそれをなんの疑いも無く受け取っている。そのことに少し後ろめたさを感じたが、それは奥のほうにしまっておいた。
「忘れようとするのだって、つらいけど、でも、それはつらさを終わらせるためのつらさだから。」
そして、俺が忘れるのを手伝ってやる。そう言えないのが、俺の悪いところなのか、はたまた良いところなのか。
柊子は小さく頷いた。
「うん。」
そして微笑んだ。少し不器用に。
「なんだか、つばきの言うことって、妙に説得力あるよね。重みがある、っていうか、ちゃんと本気で言ってくれてる気がする。他人事なのに、こんな真剣に応えてくれてる。」
そりゃそうだ。無茶苦茶に本気なんだから。他人事なんかじゃ無いんだから。
「お人よし、って言いたい?」
気持ちを隠すために少しふざけた。
柊子は微笑んだ。
「ううん、ホントありがとうって思ってる。いきなりこんな話聞いてくれて。コーヒーもいれて貰っちゃってさ。」
「欲しければもう一杯やるけど、コーヒー。」
「コーヒーはもういいや、苦いもん。」
俺の皮肉った問いかけにも、幼く笑って答えた。
その笑顔は確実に友達へと贈られるそれだったけど、それでもいいさ。それが悲しみや苦痛を隠すための笑顔でないのなら。俺は喜んでその笑顔を迎えようと思う。
「忘れるように努力してみるよ。うまくいくかは別としてさ。」
柊子は言った。