はるか、風、遠く-20
「辿、遙くん、私達こっちだから」
背後、遠くから声が飛んできた。微かな街頭に浮かぶ蓮と蓬の姿。
「うん、また明日ね!」
手を振ると蓬も振り返してくれ、そのまま別れた。
「ねぇ、遙。蓮の様子おかしくなかった?」
二人の姿が見えなくなってから、あたしは遙を見上げ言う。うん、と困惑気味な表情を浮かべる彼。
「どうしたんだろうね」
あたしは呟くように言って、また空を見上げた。
この暗く重たい空が今後の出来事の予兆だなんて、一体誰が予想しただろう―――…
やっぱり翌日は雨だった。地面に広がる水溜まりをホイホイ飛んで歩く。ぱしゃぱしゃと跳ねる水飛沫さえ、今日は何だか元気がない。
少し濡れたスカートを叩きながら生徒玄関へ立った。と、目の端で人影が揺れる。
「蓬っ!おっはよ」
あたしは足取り軽く彼女の元へ向かった。ふと蓬がこちらに目を向ける。途端にあたしの顔から笑顔が消えた。
泣き腫らした顔。目が赤い。
「蓬!?ど、どしたの!?何があったの?」
駆け寄ったあたしから目を逸らす彼女。
「蓬!」
肩を掴んで振り向かせる。かくん、と力なく蓬の身体が揺れた。
「ごめん辿…」
「え?」
消え入りそうな声が謝罪を告げる。
「辿のことは大好きだし、辿が悪くないことも分かってる。でもごめん……今顔見たくない……」
「……え……?」
バッとあたしの手を振り払って蓬が走り去っていく。立ち尽くすことしかできないあたし。
どうして?なんで?あたし何かしたんだろうか?顔見たくないって、そんな……。
「辿おっはよう」
背を叩かれる。蓮の声だ。
「いやぁ、雨は嫌だね。制服濡れて重いよ」
昨日の暗さは声からは感じられない。でも代わりに今日は蓬がおかしかった。
どうしたというの?一体何が起きているの?
「辿?どうかした?突っ立ったまんまで」
心がじんわり温まる。聞きたかった声。全身が必要と叫んでいるのはこの人。
「遙っ」
振り返る。彼はそこにいた。いつもと同じ、穏やかな笑みを浮かべて。
「遙!どうしよう、あたし昨日蓬を怒らせるようなこと言った?何かした?蓬が、顔見たくないって、あたしの顔、見たくないって……どうしよう遙、どうしようーー」
心の中をぶちまけながら、あたしは遙にしがみ付いた。彼の腕が優しくあたしを包み込む。
「辿、大丈夫。大丈夫だから」
耳元で響く声が静かにゆっくりあたしの中に広がった。高ぶっていた気持ちが落ち着いていく。
「ん、ごめ…」
遙から身を離し、彼を見る。柔らかな表情で遙が微かに一度頷いた。『気にするな』そんな意味だってこと、瞬時に分かる。
「遙…どうしよう…」
冷静さを取り戻したあたしは、再び遙に相談する。
「顔見たくないって、蓬が言ったの?でも昨日はとても楽しそうだったけど」
「うん…」
俯くあたしの頭に遙の手が乗っけられる。
「蓮は何か知らないのか?」
あたしの頭を撫でながら遙が蓮に尋ねた。
「――――多分…」
ゆっくりした口調で蓮が話す。