はるか、風、遠く-17
「そういえばもうすぐ宿泊学習だね」
闇夜を涼しい風が通り過ぎていく。秋風。
「ああ、そうか。登山があるとか聞いたけど」
「うん。結構険しいんだって。でも頂上からの景観は最高だって聞いたよ」
ゆっくり歩くあたし達の周りでは虫が鳴いている。風流だな、なんて国語が苦手なあたしさえも思ったりするくらい趣深い夜。
「辿は実行委員だっけ?先生に頼まれて、嫌って言えなかったんだよね」
クスクスと笑いながら遙が言った。むう、と膨れるあたし。
「どうせですよーだ」
ごめんごめんと遙。
「でもそこがいいところだって、前も言ったろう」
あたしはまだ膨れっ面をしたまま遙を見上げた。
「撫でてくれたら許す」
「何だそれ」
吹き出しながら、それでも彼はあたしの頭を撫でてくれた。温もりを感じながら目を閉じる。
ホッとするんだ、遙といると。甘えても受けとめてくれる。絶対に裏切らない。あたしの居場所。
でもあたしは、遙の気持ちを利用してる。それだけがいつも胸を苦しくさせるんだ。遙の想いには応えられないのに、甘えてばかりで――…
「遙……」
「ん?」
『ごめんね』そう言おうとした。でも……
「ううん…」
遙の優しい笑顔に、声に、雰囲気に、言葉は紡げなかった。そう言ったら関係がぎくしゃくしてしまうかもしれないから。
遙とは今のままがいい。そんなの我儘だ、なんて分かってる。だけど、許されるのならそれがいい――…
「キャンプファイヤーなんかどうだ?」
「えー?火の始末面倒じゃない?危ないし」
「合コン!」
「アホかっ!」
翌日の放課後。あたしを含んだ宿泊実行委員八名は、担任に命じられ初日の夜に行なうレクリエーションの話し合いをしていた。でもなかなか話が纏まらないでいる。
あたしは半ば嫌になり、グランドへ視線を投げた。部活の時間帯の為にそこは活気に溢れている。オレンジの光の帯が一面を優しく包み、地に落ちる影を長く引き伸ばしていた。
「辿は?何かある?」
名を呼ばれ、ハッと話し合いに戻るあたし。
「え?あー、うーん…」
もう何でもいいから早く終わってくれ、なんて言える訳がなく、あたしは曖昧に答えた。
「肝試しは?」
その時、一人の男子が言った。
「お、それいいんじゃね?」
と男子。
「えー、中津くん本気?」
と女子。
中津……そう、実は蓮も実行委員だ。
「どう思う?辿」
蓮があたしを見やる。久しぶりの会話にどきまぎしながら必死に言葉を返す。
「肝試しだと驚かせる側が物足りない気がするから、やるなら月光ハイクの方がいいんじゃないかな。そしたらみんなが出来るし」
なるほど、と一同が声を揃えた。
「それなら夜道を歩くだけだし、そんなに恐くないよね」
「さすが辿ちゃん!先生が直々に頼むだけある!」
女の子側も納得したらしく、あっという間に月光ハイクに決まってしまった。
こんなのでいいんだろうかと思いながら荷物をまとめる。今日は部活がない。だから早く話し合いが終わって欲しかったんだ。どうしてもやりたいことがあったから。