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はるか、風、遠く
【青春 恋愛小説】

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はるか、風、遠く-16

「靴、土足だよ」

「へ?」
考えてもいない言葉に、あたしは呆気にとられた顔で遙を見上げた。いつもと変わらない、優しい表情。
「ほら」
再び言われて足元を見た。遙を追うことに集中していたせいだろう、あたしは堂々廊下に土足で立っていた。

「榊さん……」

殺気を感じて背後を見る。
「た、高堂先生…」
立っていたのは生徒指導部主任。げっ、と思った瞬間、先生は早口でお小言をまくしたて始めた。
「貴方、ここが何処だかお分り?廊下ですことよ?全く、最近の二年生は弛んでいるざますわ。大体…」
「ご、ごめんなさい先生、今すぐ履きかえてきますから」
あたしは先生の言葉を遮ると、ダッシュで下足箱へ向かう。
「ちょっと、まだ話は終わっていませんことよ!」

そう叫ぶ先生の傍を往復し、遙の元へ辿り着いた。瞬間、
「走れ!」
遙が腕を引いた。あたし達は先生を置いて全力疾走する。
「待ちなさい!榊さん、古酉さん!」
後方で先生がヒステリックに叫んでいる。誰が待つもんですか。先生のお小言聞いてたら授業遅刻しちゃうよ。
「はー、朝から全速力なんて辛ーい!」
三階まで階段を駆け上がった所で、あたしたちは一息付く。何だかあたし、最近部活以外で走ることが多くなった気がするなぁ。――――――…
「ふっ…あははははは!」
急に笑いだしたあたしを遙がポカンとした顔で見つめる。
「やだ、あははっ、お腹痛いっ!だって、先生、ヒステリックに、あははは」
あまりに可笑しくて涙が出てきた。こんなに笑ったの、いつぶりだろう?二人が付き合ってからは確実にない。
「遙、走れって言うし、逃げてきちゃって、やだもー、遙同罪だからね?」
笑い涙を拭いながら拳で軽く遙の胸を叩き、見上げる。

息を、止めた。

「折角逃げたのに、遅刻しちゃ意味ないでしょ。行くよ」
遙がくしゃくしゃとあたしの髪を撫で、歩きだす。
「あ、うん」
髪を整えながらあたしは小走りで遙を追った。

遙が、笑っていた。そりゃ彼はいつだって笑っているけれど、でもいつもの笑顔とは違っていて。
どう言えばいいのかな。もっと温かで優しくて輝いていて。あたしを大切に包んでくれるような、そんな笑顔。
あたし、遙の言葉に甘えていいかな?頼りにしていいかな?
彼のあの笑顔を見て、あたしは初めて、心からそう思った。


「はーるかっ」
教室に飛び込む。読んでいた本から顔を上げて微笑む彼。窓の外の闇が、蛍光灯の光を更に際立たせていた。
「帰ろ」
「今日は調子、どうでしたか」
立ち上がりながら遙が言う。あたしは弓を掲げる真似をして
「まぁまぁでしたかね」
と答える。ふふっと笑うと、遙はあたしの頭を撫で、お疲れさまと言ってくれた。最近こうされるのが嬉しい。
「ほら、帰りますよ」
一人でにやけていると苦笑した声がかかる。
「はぁーい」

遙の気持ちを聞いたあの遊園地の日から二週間を過ぎた。蓮と蓬は相変わらず幸せそうな生活を送っている。でもあたしも、前よりは随分学校生活が楽しく感じられるようになった。
遙のおかげだ。あたしを守ってくれてる、助けてくれてる。だからあたしは少しずつ前へ進めるんだ。
あれ以来、彼とはもう恋愛の話をしていない。他愛ない話ばかり。お互いそういう系統の話を避けている気がする。でもだからこそ、あたし達は一緒にいられるのかもしれないな。


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