はるか、風、遠く-15
ブルルン
バスのエンジンがかかった。発車時刻が近づいたのだろう。
「乗らないの………?」
やっとかし掛けられた言葉。それでも視線は彼を捕えてはいない。
「…うん」
遙が頷いた。
「俺が乗ったら、辿、困るだろうから」
その言葉に思わず顔を上げる。淋しそうな、悲しそうな表情で遙が笑っていた。
プシュー…
声を掛ける間もなく、扉が閉まった。バスが動きだす。
あたしは瞳だけで遠ざかる遙を追った。彼もまたあたしを追っている。
どんどん小さくなり、そして見えなくなった時、フッと無意識にあたしは言葉を吐いた。
「こんな時まで、優しいんだね、遙は…」
月曜日。あたしは不安が残る心を引きずって学校の門をくぐる。昨日家に帰ってからずっと遙のことを考えていた。
どんな気持ちで今までいたんだろうとか、これからどうしようとか、やっぱり彼は大切な存在なのにとか――…
そうしてやっと辿り着いた答えは一つだった。
あ…。
下足箱で足を止める。長めにカットされている、透き通る茶色の髪をした青年が靴を履いているところだった。
フ、と顔を上げる彼。あたしに気付く。
「おはよう」
にっこり微笑む彼。
「おはよう……」
どんな顔をしていたんだろう?答えるあたしの顔を見て遙は瞳を伏せた。そのまま背を向けて歩きだす。
今までは私が履き終わるまで待っていてくれたのに。本当に私との繋がりを断つ気なの?遙……
「遙っ」
追い掛け、袖を掴んだ。驚いた様子で彼は振り返る。
「あたし、昨日ずっと考えてたの。あたしはやっぱり蓮が好きだし、遙の気持ちには応えられない。でもね、だけど」
思い切って遙を見上げる。澄んだ瞳は優しくあたしを見つめたままだ。
「今のあたしには遙が必要なんだ…。遙がいるから、あたしは蓮や蓬と普通に接していられる。だから…」
袖を握る手に力を込めた。横を通っていく生徒は不思議そうにあたし達を見ていく。登校ラッシュじゃなくて助かったかもしれない。そうじゃなきゃ、あたしは彼を呼び止められなかったから。
「だから、今までみたく友達で傍にいたい」
視線を落とした。一呼吸置いて、更に続ける。
「もちろん遙の気持ちを知ってるくせに何考えてるんだってこと、分かってる。ひどい奴だって思ってる。でも、もし、遙が許してくれたら……あたし…」
「辿」
遙があたしの言葉を遮った。ぎゅっと全身に力を込める――…