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夕焼けの季節に
【青春 恋愛小説】

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夕焼けの季節に-3

 教室の扉を潜り、廊下に出ると、吹奏楽部の演奏が計ったようにピタッと止んだ。
「嬉しいからこうやってついつい構っちゃうんだけどね」
 何よ、それ。構っちゃう? 何よそれ!!
 私の怒りのスイッチは、少しずつ、オンになる。ふと私は、人影を感じて窓の外に視線を滑らせた。向かいの棟の人と偶然目が合った。美術室だ。知っている人だったのでいつもの様に大きく手を振ると、彼女も笑って手を振り返してくれた。前を見ると湊人も手を振っていた。
 私の友達を、何人知ってやがる……。
 ちょっと睨んでみたけれど、こいつの人当たりのよさは分かってるから当然かなって思う。湊人には、人望とか、人気とか、そういうものがある。誰に対しても公平だから、それが加速してるんだと思う。いつも色んな責任を押し付けられてる。それでも、そつなくこなせるから、みんな湊人を疑わない。
 時々、湊人はオーバーワークになってるときがある。抱え込みすぎて、苦しんでいるときがある。顔に出せばいいのに。そう、私は思う。せめて言葉にすればいいのに。これ以上は出来ないって。自分は何でも完璧にはこなせないんだって。助けてくれって言えばいいのに。彼のプライドが邪魔をして、湊人は仮面を外せない。
 そんな湊人を見てると、私はイライラして、なんで私しか気づかないの? なんで他の誰も気づかないの? って声を上げたくなる。他人を攻めることが出来ないから、私は結局湊人をなじってしまう。
 嫌いなの? なんて言われたら、他に何を言えばいいの?
 私の手持ちのカードは、もうないんだよ。
 薄暗くなり始めて寂しそうな廊下を、湊人は勝手にスタスタと先へ進んでいた。10メートルくらいの距離が出来た。
「湊人、待ってよ」
 私のその声は苛立っていた。振り向いた湊人は、笑っていなかった。
 一瞬、泣きそうな顔に見えたのは、私の気のせいだろうか? 光の加減でそう見えたのだろうか?
 私は早足で進んでいた湊人に追いつくために、パタパタと音を立てて走った。
「私、やっぱり嫌いだよ。大っっっ嫌いだよ、湊人のこと。そういう、湊人のこと」
 私は湊人のブレザーのシャツの襟を捕まえた。湊人は、一瞬体を引いたけれど、私の腕が早くて、彼の体はグラリと傾き、私は湊人に馬乗りになって倒れこんだ。湊人は、いてっ、と小さく叫んだ。
「いっつも無理してるくせに、誰にも弱音吐かなく。他人のこと、全然信用してないんでしょ? 湊人は完璧な人間なんかじゃないじゃない。湊人はロボットみたいなもんじゃ、ないじゃない。それなのに強がってばかりで。バカみたい」
 湊人の頬に、小さく水滴が落ちる。
「ねえ。私、こんなにみっともなくなるくらい、湊人に手の内ばらしてるんだよ? 湊人は、何でそんなに距離をおこうとするの? 私、傷つけられても、いいんだよ。そんなヤワじゃないよ。安全な関係なんて、何もないでしょ。言ってよ。ちゃんと言ってよ。嫌なこととか、悲しいこととか、出来ないこととか、助けて欲しいこととか」
 私は、泣いていた。拭うこともままならないくらいに、泣いていた。
「バッカじゃないの? 何黙ってんの? 何怖がってんの? そんな安いもの、欲しいわけじゃないよ。もっと、信用してよ。人とぶつかり合うこと、そんな、怖がらないでよ……」
 顔を埋めた湊人の胸元からは、男物の香水の匂いがした。薄っすらとだけれど、海のような匂いだった。
 湊人の手が、プールの塩素で茶髪になった私の短い髪を梳いていた。何度も何度も撫でていた。もう一方の手は、私の右の腰の辺りを恐る恐る、触れていた。


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