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夕焼けの季節に
【青春 恋愛小説】

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夕焼けの季節に-1

 放課後。
 私は珍しく、朱に染まった教室の中にいた。誰もいない教室は、何だか無性に、寂しかった。窓からキラキラと紅い、影のような光が入ってきていた。
 でも、こんな綺麗だったんだ。知らなかった。
 夕焼けの強い光を横顔に受けながら私は、窓の外を見ていた。窓の外には最後の力を振り絞って太陽が輝き、深く色づき始めた草木を風が撫でて行った。
 私は湊人を待っている。
 長谷川湊人と、私、落合香夏は、かれこれ、一年半のつきあいになる。
 湊人はよくいる優等生というやつで、担任からは頼りにされ、クラス中の人間からも頼りにされ、それでも嫌な顔一つすることもなく、いつも笑顔がモットーらしい。
 出会いは結構ドラマチックかもしれない。春の学園祭の時だった。
 あの日、私は初めて湊人と口をきいた瞬間、プツンとキレた。
 いっっっつもヘラヘラ笑っててさ、真剣になること出来ないの!?
 そう私が言うと、湊人はいつも垂れてる目を大きく見開いたあとに、爆笑した。笑いながら、
「ごめん、ごめん。これが地顔なんだ」
 って言うだけなら信じたのに(だって、私だってよくボケて見えるのに実は喧しいとか言われるから)、
「落合さんって見掛けによらず、熱血漢なんだね」
 そりゃあ言われ慣れてるけどさ、友達から散々言われてるんだけどさ、赤の他人のてめえに言われたかないわ!! と私はそれまでたまっていた湊人の笑顔への嘘臭さへの疑問と、ちっとも進まない体育祭の準備への不満と、このあいだのテストの点数が低かったせいで母親からなじられていたことからの欝憤と、その他全ての不満という不満が、湊人への怒りとなり、気付くと叩いていた。
 やばいと思った瞬間に、湊人から帰って来たのは痛烈なデコピンとやっぱり大爆笑だった。結局、そのときは私の中には曖昧にされた怒りと、デコピンの痛みと、湊人の頬を叩いた手のしびれしか残らなかった。
 そうだ、あの時もこんな夕日の中だった。今日よりずっと、暖かかったような気がするけれど、窓から見える風景は、きっとこんな風に、何かを叫びださないといけないような気持ちにさせるような、赤い陽の光だった。
 あれから、何かにつけて湊人は私を構うようになった。私は罪悪感半分、エセ笑顔に対する気色悪さ半分でいたたまれない気持ちになりながら、それでも少しは気のおける友人のようになった。
 私には、言いたいことを言わせてくれて、でも、湊人はそれを笑って聞いている。いつも私は、そんな湊人を見るたびに、イラついていた。
 黒板の上の時計の針は、五時を指した。
 窓の外から、野球部の部活の声が聞こえていた。廊下を隔てた向かいの校舎からは吹奏楽部が何かの曲を合わせていた。
 空にある薄く筋状の雲は、日没の太陽の光を吸収し真っ赤に輝いていた。
 グラウンドと校舎の境にある大きな桜の木が、赤く紅葉し始めた葉を益々赤くさせ、重そうに揺れている。深く深く静かな赤だった。
 ふと出入口の方に目を走らせると、湊人が無言で立っていた。目が合うまでの一瞬、まじめな顔をしてこっちを見ていたと思ったが、視線が絡んだ瞬間それは蜃気楼の様にいつもの笑顔の下に消えていった。
「ごめんね、待たせちゃった?」
 机を縫って湊人は近づいて来た。
「待ちくたびれた」
 私は無感動に答えた。いや、正確には無感動を装っていたのかもしれない。
 湊人といると、時々、自分の行動の意味が分からなくなることがあった。嫌いなのに、どこかで確実に嫌っているのに、結局つるんでしまう私自身に腹が立つ。腹を立てた私を、貼り付けた笑顔で受け入れる湊人にも、更に腹が立つ。子供のようにあしらわれる。湊人との関係はイライラとして、堂々巡りだと思った。
 私はノートを取り出した。湊人がこの間部活の新人戦で休んだときのノートを貸すことを、吉牛の豚丼で手を打ってやった。ほんとは牛丼が食べたかったんだけど、ないし。
「恩に来ます」
 そう言って湊人は柔らかく微笑みながら、私の手からノートを受け取った


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