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夕焼けの季節に
【青春 恋愛小説】

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夕焼けの季節に-2

 湊人の手が私の手に触れた一瞬、身体の周りにある雑音がかき消え、血液が逆流するような気分になった。
 ……最悪。
 小さく悪態をつくと、私は乗っていた机から降りた。弾みでスカートの裾が少しめくれ上がり太腿が見えたのを、慌てて隠した。
 湊人は鞄に私のノートを入れていたから、多分見られてない。そう思ってほっと息を吐いた。
 湊人の顔は、割と端正な方だと思う。鼻筋は真っ直ぐ通っていたし、アーモンドのような目はいつも笑っているから人懐っこい印象を受けるし、肌は何の間違いか、ニキビ一つ、傷一つ、シミ一つない肌で、それだけで何割増しかに見えた。
 全部、理由は友人談を引用しているけれど。それが、彼の心の動きを覆い隠す表情を違和感のないものにしていた。
 きっと、彼は傷ついても、微笑むんだ。何でもないよと、全部許すよと言って、笑うんだろう。誰にも本心を見せようともしないで。
 そういう湊人の微笑みは何か、嘘臭くて、ムカつく。
 あの笑顔の裏側で、何を考えてるのか分からなくて、イラつく。
 半年くらい使って、いい感じにくたびれてきたカバンを肩にかけると、私は昇降口に向かって歩き出した。アナログ仕様のゴツイめのチタンの腕時計の針は、5時から15分弱過ぎたところにあった。頭の片隅で、食欲の針が上がっていくのが分かった。
「香夏」
 湊人が私の名前を呼んだ。待って、と小さく声が聞こえた。
 振り向くと見上げる距離に、湊人がいた。私の目を覗き込むように立っていた。
 そういえばいつから、下の名前で呼び合うようになっただろう。覚えていない。
「何?」
 制服の上から二の腕を掴まれ驚いて、覗き込んでくる湊人の瞳を見上げた。時々、人のいないときに見せる真剣な目がそこにあった。一瞬、湊人の瞳が揺れた。
「…何?」
 答えない湊人にもう一度聞いた。声が、少し掠れた。
 手にじっとりと汗をかいてきた。
 ふいに湊人が天井を振り仰ぐ。
 細い喉に浮かぶ喉仏が、上下していた。
「ねえ」
 上の方から声は降ってくる。
「俺のこと…」
 いつも以上にまどろっこしい。言い出したんなら早く言いやがれって心の内で怒鳴っていた。
 私の左の二の腕を握る湊人の手に一瞬力がこもって、私は顔をしかめた。
「俺のこと嫌いでしょ?」
 いきなり落ちて来た湊人の視線はいつになく頼りなく、微妙に潤んでいた。それでもいつもの笑みは貼り付けたまま、立っていた。
「はぁ? 何言ってるの」
 力が抜けた。
 そして何だか物足りなさを感じた。奥底に。私は、気付かないふりをする。その痛みに。
「何でかなあ、って思って」
 湊人は感情を隠すように笑った。
「何よ、それ」
 むかむかと腹が立ってくる。ウジウジと言うくらいなら、傷付けてもいいからちゃんと言えばいいのに。そうやって、オブラードに何層にも包んで、優しく話そうってするから、私は腹立つんじゃないか。
「香夏って、他の人にはあんまりきついこと言わないけど俺に対しては、キツイ」
 湊人は私の二の腕を離すと、横をすり抜けて行った。
「俺のこと、ちゃんと見ようとしてくれようとしてるの、分かってるんだけどね。俺も、こうやって真正面から、見てくれる人に出会えたのって初めてだから、嬉しくはあるんだけどね」
 私は、湊人の独白のような語りを、何も言わずに聞いていた。


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