バッドブースターU〜姉とメイドと心の浮気〜-5
引出しは床にくっついているわけではないので、一番下の引出しと床の間には、見えない僅かな隙間がある。ものによっては本などを収められるスペースが……
――数冊の『えっちな本』が、その隙間に陳列されていた。
「うわあ……」
藍は思わずうめいた。
表紙を飾るのは煽情的なポーズをとる女性。誌上に躍るのは過激な性表現の羅列。
それだけでも、藍的には『うわあ』なのだが、さらに『うわあ』なのが、
その数冊の雑誌のいくつかに、
冥土……
じゃなくて、
メイドが溢れかえっていたことであった。
「ユウってば、そういうのがすきなのよねー」
さっきから思っていたが、このお姉さんは、佑助君のことを、『ユウ』なんて呼んでるのか。
座ってエロ本を眺めていた藍は憮然とした顔で、立っている佑助の姉を見上げた。
ばっちりと、目があった。
そのときに、やっと気がついた。
綾子が、冷たく挑戦的な目で、藍を見下ろしていることに。
その瞳には、確かに凍てついた焔が宿っていて、藍は「あなたはユウのそんなコトも知らないのね」と言われたように感じた。
いや、間違いなくその瞳がそう言っていた。
頭に血が急激な勢いでのぼっていく。
視線を綾子の目から離さないまま、藍は立ち上がる。そして、嫌味全開の言葉をぶつけてやろうとして、
「なにやってんの……」
いつ入ってきていたのか、呆然とした様子の佑助の言葉に中断させられた。
藍は、黙ってメイドを突き付けた。
※
テレビからステレオで響いてくるのは、おそらく英語であろう言語と、クラシックなBGM。
藍は自宅で母と共に、見るともなしにタイトルの分からない古い洋画を見ていた。
「藍」
「何? お母さん」
「なんか機嫌悪いみたいだけど、例の彼氏君となにかあったの?」
未だに顔をあわせたことはないものの、両親は佑助のことを知っている。藍が週末よく泊まりにいくので、当たり前なのだが。
「あのさ」
「ん?」
逡巡するのも一瞬、
「メイド服ってウチにない」
「はい?」
藍の母――美智子は驚きを隠せない様子で、唐突な発言をした娘を見遣った。
あの後、佑助の登場で、剣呑極まる雰囲気は一旦の沈静化をみせた。
だがすぐに、藍と佑助の喧嘩が始まる。藍の一方的なものではあったが。
藍は、佑助の心の浮気に対する怒りと、頭に血がのぼったまま行き場のない想いをすべて佑助にぶつけた。
佑助は終始謝っていた。一部にやつあたり的なものも感じてはいたが、藍の怒りを全て受け入れる事にした。原因は佑助自身にあるのだから。
そのままで終わればよかったのだが、あろうことか綾子が佑助君弁護を名目に、藍に対して挑発を始めた。
ますます機嫌を損ねた藍は、エロ本をすべて没収して、その場を後にした。
ちなみにエロ本は現在は藍の部屋に平積みにして置かれている。
今、藍の機嫌が悪いのは佑助のではなく、姉の綾子が原因だった。
あの姉の、佑助に対する態度。それを見て、藍は一目で理解した。この人は自分と同じだと。
――佑助のことが好きで好きでたまらないのだと。
血の繋がった姉弟なのにとか、そんなことはどうでもいい。あの美人が、自分の恋人である佑助を想っているのは確実なのだから。
それはつまり、ライバルと言うわけで、
当然、負けるわけにはいかない。
そのためには、佑助が誰が好きなのかを、見せつけてやればいい。
そのために、彼の好みにより近ければいい。
そのためのメイド服なのだが……
一般家庭にあるとは到底思えない代物。だが、美智子は意を得たりとばかりにニヤニヤしながら、
「あるわよ」と言った。
美智子は少し席を外したのち、ハンガーにつっかけた一着の衣装を持って戻ってきた。
黒のワンピースに、フリルのついた白いエプロン。
さらに手に持っているのは、エプロンと同じ白色のフリルのついたカチューシャと、濃紺色のニーソックス。
ゲームや漫画にでてくる、イメージとしての『メイド』よりは些か以上に地味だが(実際は本物のメイドがこのような服自体着用することが稀なのだが)間違いなく、藍が要求した服装そのものであった。
「私がもう少し若いころに使ってたものなんだけど、今はもうすっかり着られなくなっちゃって」
……使ってた? 藍は怪訝な顔をする。
「そのころの私と今の藍は、身長もスタイルもほとんど同じだから、このまま着られると思うわよ?」
「……お母さん」
「なぁに?」
「これ、何に使ってたものなの?」
「……」
美智子は少し紅く染まった頬に手をあてる。いったいこの母親は何に思いを馳せているのか。
「さすが母子だけあって、惚れた男の趣味も一緒なのねえ……」
世の中には知らない方が良いこともある、と藍は思った。
「これ、洗ってから借りるね」
例えば、両親の嗜好とか。
ましてや濡れ場など、想像したくもなかった。