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旅立ち
【フェチ/マニア 官能小説】

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旅立ち-2

「みんな、先生に叩かれたことある?」。私は放課後の保健室などで積極的に生徒に声をかけた。「そんなのしょっちゅうだよ」「どこを叩かれるの?」「お尻だよ、お尻、みんないつもそうだよね?」。T子がそう言うと、その場に居合わせた生徒達が皆うなずいた。T子はこの高校には珍しい下町の町工場の娘。中肉中背の可愛い子なんだけど、その甲高い声もあり妙に目立つ存在、何かにつけてよく先生に叱られていた子だ。「理由は?」「忘れ物とかだよね。教室の前に一列に並ばされて、順番に教卓の横とか、前の黒板に両手つかされて」「先生がお尻!って言ったら、すぐに前に並ばなきゃいけないんです」「カエルみたいにお尻を突き出すんですよ。列の前の子がみんなそうするから。そうしないと態度が悪いとかよけいに叱られそうだし」。ほかの生徒達も言った。「何で叩かれるの?」「1メートル定規とか、ラケットとか、その場にあるもの何でもだよね」「1メートル定規は顔が真っ赤になりますよ。お尻は焼けそうだし。ねえ、T子」。T子と同じクラスの子だ。「それは私も経験者だからわかるわ」。私は言った。堰を切ったように、生徒達の言葉が止まらない。「ネットに入れたバレーボールとか。あれ、スカートめくれるからイヤなんですよ。だからめくれないように、叩かれる前にスカートの襞を前によせるんです」「音楽室だと太鼓のバチ。音楽の先生も女の先生だけど厳しいよね」「へえー? 私の頃にはない体罰のバリエーションがいろいろあるのねえ」。私は驚いて聞いていた。「体罰がある先生は誰?」。するとT子が言った。「ほとんどかな。忘れ物で一発でしょ。だから一日に何発もとか」「まあそんなに忘れ物する方にも問題あるけどね。あなたはたくましいからまあいいとして、保健室登校になってる子がいるのよ」「なんでまあいいんですか? あたしだって繊細な女の子ですよ!」。T子は膨れっ面を見せた。

 K子は少しずつ元気を取り戻した。私はK子に、自分の気持ちを発信し続けることが大事だと繰り返し話した。K子についてはもう心配は要らないかもしれない。季節はあっという間に流れ、新入生を迎える春が来た。その年、私の大学の後輩が、理科の教師として着任することになった。「養護のF先生ですね?  よろしくお願いします」。新任のA先生はナイーブな印象の細身な青年だった。「女子校で教壇に立つのはどんな感じかしら?」「どんな感じって、教えることは一緒ですから」。ちょっと照れながらそう言う。私はA先生に好印象を持った。

 私はA先生にこの高校のことを少しずつ話した。「えっ? 女子校でも体罰があるんですか?」「うちは厳しさがウリだから」「でも年頃の女の子の何もお尻を叩かなくても」。A先生は困惑気味だった。「先生は怪我をしない程度のお尻の体罰でも反対ですか?」「もちろんですよ。F先生は賛成されるんですか?」「子供が育っていく過程で、その通過儀礼としては必要なものだと思います。この学校は行きすぎですけど」「そうでしょうか。もう管理教育は駄目ですよ。その弊害にマスコミなんかも目を向け始めたし」「今の管理教育は駄目ですね」。A先生は理想主義者なんだろうなと私は思った。「F先生も高校時代はここで厳しくやられたそうですね」「ええ、やられましたよ、ビシビシと。先生は?」「僕は中学時代だけど、ケツバットとかはやられました」「アハハ、やっぱりやられてるんじゃない」。するとA先生はむきになってこう言った。「だから生徒には手を上げたくないんですよ。イヤな思い出じゃないですか」「私はそんなイヤな思い出でもないなあ」。A先生を少しからかってみたいような、悪戯心が私のなかに起こっていた。

 それから数日後、とんでもない事件が起こった。朝、一人の女子生徒が泣きながら保健室に飛び込んできた。「朝礼で、W先生に竹刀で叩かれたんです」。生徒はお尻を両手のひらで押さえながら泣きじゃくって言った。「あなた、ちょっとお尻見せてご覧なさい。みみず腫れだわ。どんな叩き方をされたの?」「竹刀が壊れるまでです」。体育のW先生は高校でいちばん厳しい先生だ。私は生徒が心身ともに傷ついて授業に出られる状態ではないことを説明し、早退させた。
「先生、もう我慢できないよ、この高校」。休み時間に保健室に入ってきたT子が言った。T子の説明によるとこうだった。原因は買い食いだという。この生徒は放課後遅く、お菓子を食べながらバスに乗るところを生活指導のW先生にたまたま見つかった。翌日の朝礼の後一人残され、朝礼台に手をつかされて竹刀が壊れるまでW先生にお尻をひっぱたかれたのだ。この出来事は職員室でも大きな議論となった。改革派のA先生が先頭に立って、体罰と管理教育の撤廃を訴えたらしい。だが、校長をはじめ動きは鈍かった。我が校のバッジと制服を着用した生徒が校外でその品位を汚す行動をとったというW先生の弁明に、一定の理解を示したからだという。
 だが、これで事態は収まらなかった。噂が口コミで広がり、それを聞きつけた全国紙社会部の記者が、生徒の取材を始めたのだ。マスコミで管理教育見直しキャンペーンが張られる中、この事件は格好のネタになりかねない。校長もようやく重い腰を上げた。W先生は教育委員会から呼ばれた。処分は見送られたものの、高校は体罰の一掃を目指し、監視する組織も立ち上げた。旗振り役はA先生だった。


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