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「グラスメイト」
【青春 恋愛小説】

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「グラスメイト」-2

 柔らかい風が、僕らを撫でていた。立ち入り禁止の学校の屋上に男子生徒が四人。それは、いつも通りの日常だった。幼馴染の誠は、いつも寝そべりながら空を見上げ、煙草をふかしていた。小学校時代からよくつるんでいた陽平は、片方の耳にイヤホンをつけて、何語かも分からない音楽を口ずさんでいた。僕、源川和樹(みなかわかずき)は金網越しに見慣れた町並みを見下ろすのが好きだった。そしてそんな僕らを、無口な冷静沈着男、太一が見つめている、そんな昼休みの何気ない光景。
「三組の菊恵ちゃんさぁ、」
話題を振るのはいつも陽平だった。
「俺に気があるのかもしんねぇ。」
また始まったよ、と誠が言う。僕も太一も完全に同意見である。
「お前、何回目だよ。彼女いたことねぇのに自惚れんな。」
「おいおい、きついつっこみだねぇ。」
そんな僕と誠のやりとりと太一の笑い声。五時限目のチャイムは、とうに鳴っていたけれど、僕らのなかにそんなことを気に掛ける奴はいなかった。特に誠は学級委員なのに、立ち入り禁止の屋上で、うまそうにマイルド・セブンを堪能している。まぁ、学級委員なんて成績の良い奴がなるに決まっているから仕方ない。誠は校内一位の頭脳の持ち主なのだから。同じ土地に生まれて、同じもんを食って、同じ様な生活をしているっていうのに、この差はどうだ?恨むべきは親か?神か?決して僕ではないはずだ。加えて、誠は人付き合いがうまい。先生から気軽に声を掛けられる生徒は、彼くらいなものだろう。
「だってさぁ、菊恵ちゃん、最近やたらと絡んでくるんだよね。モテル男はつらいやな。」
スリムとは程遠い体型で、清純派よりお笑いに傾いている菊恵さんに絡まれて、満面の笑みを浮かべている陽平は、やはりもてたことが無いのだろう。見るとその満面の笑みのすぐ隣には、複雑な顔をした太一がいる。多分、僕と同じ結論に行き着いてしまったのだろう。
――― 太一、何も言うなよ。本人が幸せならばそれでいいじゃないか。
言葉には出していなかったが、太一は頷いた。長年の付き合いが生み出した、奇跡の産物。アイコンタクトの成せる技。
「そういえば」
僕は話題を変えた。
「陽平、お前呼ばれてたぞ、間宮先生に。」
「またかよ、今度は何やったんだ?」
と誠。
「何もやってねぇよ。何、その言い方。まるで問題児みたいに。」
「まんまじゃんか。この前はグラビア雑誌に古文の教科書のカバーかけて授業受けてたのがばれて呼び出されてたよな。」
「そうそう、そんで全部の教科書調べられたんだよ。プライバシーの侵害だぜ。」
「結局、中身はすべて素晴らしき写真集の数々。最近珍しく授業中に寝てないと思ったら、まったく」
そこまで言って、誠は一つ溜息をついて続けた。
「今度やるときは俺にも見せろよ。」
さすがは誠。抜け目なし。
「あ、そうだ。呼ばれたのは多分、進路のことだろ。面談すっぽかしたからな。」
担任との面談をドタキャンするなんて聞いたことが無い。
「なぁ、みんなは進路どうするんだ?」
僕は、すぐに答えた。
「僕は、この街を出るよ。多分、東京の大学に行く。僕には、この街は狭すぎるからね。」
「言うねぇ。誠は?」
「俺は、家を継ぐよ。兄貴が出て行っちまったからな。あのおんぼろ靴屋を、俺が継ぐしかなくなっちまった。」
まったくよぉ、と誠は仰向けで呟いた。けれどその顔にはうっすらと笑みが浮かんでいた。多分、親の仕事を誇りに思っているからだろう。言うほど嫌な顔はしていない。
「太一は?」
と僕は聞いた。
太一は、暫く考えたすえに
「分からない」
と答えた。
正直、誰もがそうなのだろう。これからどうするかなんて、十七かそこらの歳の僕らに、考えられるはずもなかった。
「じゃ、おれは音楽でもやるかな。」
と陽平は言った。
また始まったよ、と誠。
「五年後には、世界的なシンガーになってやるぜ。」
そう言って、相変わらず意味の分からない歌詞を叫び始めた。

僕は街並みに視線を戻した。
それはいつまでも変わりなく、そこに在り続けて。
時々、思う。五年後、十年後、僕はおそらくこの街にはいないだろう。新しい何かを見つける為に、広い世界を求め続けるだろう。人は常に変わり続けていく。何かを失って、何かを得る。それは必ずしも成長ではない、と思う。
幾年かの後、すっかり変わってしまった僕を、この街はこのままの暖かさで迎えてくれるだろうか。いつまでも変わりなく、ここに在り続けていてくれるのだろうか。
幾年かの後、すっかり変わってしまった僕らは、今と同じように笑いあえるのだろうか。
背後では、時々音をはずした歌声と、「うるせぇよ、へたくそ」という辛口の意見が飛び交っている。柔らかい風が僕らを撫でていた。今日と同じこの風が、明日も吹き続けていればいい。できるのなら、いつまでも吹き続けていて欲しい。そう願っていた。


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