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DEAR PYCHOPATH
【サイコ その他小説】

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DEAR PSYCHOPATH−10−-4

 一瞬を境にして、僕の内蔵全てが抜け落ちるような、かつて感じたことのない不思議な感覚だった。何かで後頭部を殴られたような痛みと、世界がひん曲がるようなグラリとした目眩を感じ、片手で眉間を押さえる。そして何度かそこを強く揉んだ後で重たくなった瞼をゆっくりとひらき・・・両方の瞳に映った光景に、絶句した。何と、闇を揺らす炎を境にした所に彼らがいたのだ。小汚い感じの金髪の男は太い腕の中で少女を抱き、その娘はまるで天使のような愛らしさを持っている。 まさしくそれは・・・
 「ヘンリー、ベッキー」
 口に出してから、しまった!と思った。何故、どういう理由でこんなんことになってしまったかは分からないが、とにかく彼らに僕の存在を気づかれるわけにはいかない。僕は息を飲んだ。今ヘンリーは下を向いて、ベッキーの寝顔に見入っている。だから僕がここにいることに気づいてはいない。いや、ひょっとすると僕のさっきの声にも気がつかなかったということは、僕の姿も声も姿もこの世界には存在していないのかもしれない。僕は破裂しそうな左胸を押さえた。とにかくここは逃げるんだ。このままここにいては危険だ、と自分の背中を押した。けれどどういうわけか、僕の両足は一歩としてその場を離れることは出来なかった。
凶悪殺人犯を目前にして、恐怖と緊張で、首から下が鉛のようになってしまっていたのだ。と、その時、彼が顔をあげた。僕はきつく瞼をとじ、闇の中へ身を投じた。
 「座ったらどうだ」
 聞き慣れた声に、痙攣という形で体中が反応した。彼だった。
 恐る恐る瞼を持ちあげると、彼の鋭い眼光が僕を見つめている。僕は固唾を呑んだ。彼には僕が見えているのだ。
 「座れよ」
 彼はもう一度、しかしさっきよりも低めの声で言った。僕は無言で頷き、力なく腰を落とした。
 「そう怖がるな。お前を狩っても意味はない。そうだろ」
 彼は皮肉った笑いを見せ、
 「お前、今まで俺の中にいた奴だな」
 と続けた。
 「知っていたのか」
 「当然だ。ここは俺の世界だぜ。まぁしかし、お前という人間がいたから作り出せたものだけどな。・・・お前、俺の来世だろ」
 その一言で、体が一回り縮んだような気がした。僕はそれに答えなかった。
 「名前は?」
 「酉那・・・忍」
 「シノブ?シノブか・・・いい名だ」
 ヘンリーは眠っているベッキーの頬を優しく撫で、口元にほんの少し笑みをこぼして言った。
 「なぁシノブ。お前は一つだけ誤解していることがあるぞ」
 「何?」
 「お前、この世界を俺の生前の記憶だと思っているようだが、それは違う」
 「記憶じゃない?何言ってるんだよ。これはお前の記憶で、お前が僕の中で覚醒しようとする時の前兆なんだろ」
 驚きを隠せず、無意識のうちに早口になる僕を見ながら、彼は苦笑した。
 「確かにこの世界は俺の記憶から出来たものだ。しかしそんなのはほんの一部でしかない。シノブ、この世界はな、俺がお前の中で覚醒するための経路なんだよ」
 「?」
 わけが分からず、眉間にしわをよせる。
 「つまりだ、この旅を一本のロープに例えるとする」
 ヘンリーは目に見えない一メートル程のロープをはり、僕はただそれに頷いた。
 「向かって右手の方が、お目の夢に俺が姿を現し始めた時だとする」
 この時初めて、彼が僕の中で覚醒の芽を出したわけだ。
 「それじゃあこの左手は何だと思う?」
 「右は始まり・・・そう来ると左は?」
 彼の言葉をはっきりと理解するのにおよそ数秒かかった。そして答えが見えた時、僕の中の時間は凍りついたようにその動きを止めた。


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