投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

DEAR PYCHOPATH
【サイコ その他小説】

DEAR PYCHOPATHの最初へ DEAR PYCHOPATH 25 DEAR PYCHOPATH 27 DEAR PYCHOPATHの最後へ

DEAR PSYCHOPATH−10−-3

 空を燃やし大地に幾つもの長い影を刻みながら、巨大な太陽は地平線の果てへと埋もれていく。綺麗だとか、美しいなどという形容詞ではとても表現しきれない程、その情景は芸術的かつ神秘的だ。僕の隣ではベッキーが小さな両腕を振りかざし、口を大きく開けては飛び回っている。まだ幼い彼女にとっては、見るもの、聞くもの、全てが新鮮に感じられるのだろう。ヘンリーがベッキーを愛したのも、彼女の、そんな風な何にでも素直に感動出来る純粋さにひかれたからであった。それは、彼の中で生きている僕だからこそ分かることだった。けれど僕は、この愛が決して成就しないことを知っている。いや、一度は結婚という形で果たされるだろう。しかし彼らの夢物語はそこで幕が閉じられることになる。エド・ゲイン。彼の手によって。だから今こうして、愛しき者の敵をとるために、ヘンリーは僕の中で甦ろうとしているのだ。彼の気持ちは、本当は痛い程分かっていた。出来ることならそれをかなえてやりたいとも思った。僕が彼の立場でも、やっぱり同じことを望むだろう。だけど、僕はヘンリーではなく酉那忍であり、恋人はベッキーではなく雨宇詩鈴菜なのだ。例え僕の前世が誰であったとしても、僕の人格は僕だけのものでしかないのだ。ヘンリーとベッキーのことは心から同情するが、それでも彼にこの体をわたす気なんて毛頭なかった。いつの間にか、僕らの周りには完全な夜が訪れていた。明るいうちは清々しく心洗われるような、気味悪さを演出している。
 「ヘンリー、火が少し弱いから小枝たしていい?」
 揺らめく炎をうっとりと眺めながら、ベッキーは言った。
 僕は無言でそれに答えた。
 焚き火は僕が作ったものだった。草地を一度掘り、そこに小さな石を敷き詰め、ベッキーの拾い集めてきた小枝や枯れ葉をかぶせ、火をつけたのだ。
 ベッキーはこの焚き火が大好きだった。彼女の目の前で踊っているようにも見えるそれは、まるで自分を灼熱の中へと誘っているような、魅力的な動きをするのだ。それを目前にする度にベッキーは、全ての者に愛されているという自惚れにも近い、奇妙な錯覚に陥るのだった。
 「ベッキー、炎に手を突っ込むのはかまわないが、中は熱いぞ」
 「・・・分かってるよ」
渋々伸ばしかけた手を引き戻しながら、彼女はふくれた。
 それを見た時だった。不意に、妙な懐かしさが矢のように僕のどこかを射抜いていた。何だ、と呟いてみたところで答えはなかった。そればかりか、たった今感じた懐かしささえも忽然とその姿を消してしまっていた。
 今のは一体何だったのだろう。
 「ねぇヘンリー」
 肩にかかっている毛布をかけ直しながら、ベッキーが言った。
 「もう眠ってもいい?」
 「眠いのか」
 「うん」
 「そうか。じゃあ眠るといい」
 「うん」
 コクリと頷くと彼女は立ちあがり、恥ずかしそうに、ゆっくりと僕の膝の中へ割るようにして入ってきた。一人で眠ると恐い夢を見るので、いつも彼女はこうして僕の中で眠るのだ。眠っている時のベッキーは、まるで天使のうたた寝を思わせるような、清らかなものだった。僕、酉那忍は彼女の寝顔が好きだった。そして多分、ヘンリーも彼女のそれが一番好きなのだと思う。
 ベッキーが寝息を立て始めたのは、それからすぐのことだった。僕の右腕に小さな頭を横たえ、紅葉のような手で、僕の手をしっかりと握っている。
 小さくなった炎の中に薪を何本か放った。メキメキという音の後に、パチパチという音がついてきて、炎は再び明るさを増やした。この辺りのは野獣なんてものは一匹もいないので、そういう点では別に炎を継続する必要はなかったのだが、夜の異常な冷え込みのせいで簡単に消すわけにもいかない。だから僕の眠りはいつも断続的で、落ち着いたものではなかった。勿論、今夜だってそうだ。新しい薪をたし、疲れた瞼をとじる。けれどそれだって完全に眠るわけではなく、眠りの国へ落ちるぎりぎりの所で、かろうじて意識を保っているのだ。そうしなければ、次に薪をたすことが出来なくなってしまう。まさに睡魔との戦いだった。
 ベッキーが僕の中で眠りについてから、僕は何度も目を覚まし、その度に薪を炎へと放った。そして、手元にある最後の薪を灼熱の中へ放った時、突如としてそれは起こった。


DEAR PYCHOPATHの最初へ DEAR PYCHOPATH 25 DEAR PYCHOPATH 27 DEAR PYCHOPATHの最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前