「血染めの雪」-6
「呆気ないものですね」
呟く九木は既に身なりを整えていた。
その隙のない姿からは先程の情事の後は露ほども見えない。
ただ、雅な貴人の姿がそこにはあるばかりだ。
腕を拘束していた腰紐を抜くと、取り出した打ち掛けを布団代わりに舞に掛ける。
今年の、舞の晴れ着は九木と対になる十二単である。
とは言え、街の住人の大半はこの姿で式典に臨む。
違うのは姫巫女に選ばれた唯一の花姫のみ。
前年にその花の粋を一身に極めた者が、白拍子姿で“舞い手”を勤めるのだ。
舞は、平日は学校に行っているため週末しか客を取らない。
そのため、候補からは外れていたが、ひょっとしたら数年後には…。
そこまで考えて九木は首を振る。
きっと、この少女には自分の思いも寄らない数奇な運命が待ち受けているだろうと。
そろそろ、舞を起こさなくてはならない。
九木はあどけなく眠る少女の肩に手を掛けた。
「舞さん、そろそろ着替えなくては間に合いませんよ。さぁ、起きてください」
出来ることなら眠らせておいてやりたかった。
かつての自分のように外の世界から連れてこられた人間は、異分子として強力な負荷を強いられる。
ー胸の奥が軋んだ音を立てている。
まるで、何かを思い出せと言うように、その音は九木を責める。
「ほら。舞さん。着替えは時間が掛かりますから」
警報から耳を塞ぐと、九木は舞の肩に当てた手に力を込めた。
外はチラチラと白い雪が舞っている。