時の戯れ(前編)-6
修一とは物心ついたときにはすでに一緒に遊んでいた。小学校高学年の頃には修一のことが好きだと思ったこともあった。でもそれは、友達との話や漫画に出てくるような、恋に恋する気持ちから生まれた「好き」であって、本物の恋と呼べるようなものではなかった。でも、今は好きな人といえばアンディーの顔が思い浮かんでくる。恋人同士がするようなこと、例えばハグやキスをしたいと思うのもアンディーで、ずっとすぐそばにいてほしいと思うのもやはりアンディーなのだ。毎日のメール交換でアンディーが好きだという気持ちがどんどん高まってきていたことに今気付く。でも、修一もまた大切な人に変わりはないし、今アンディーのことを想ったところで、アンディーと再会する日が来るという保障もない。そんな望みも無い恋をするよりも、ずっとそばにいることのできる修一と付き合ったほうがいいのだろうか。修一が「好き」と言ってくれたことは本当に嬉しかったから、それを無碍に断ることはできないし、それに修一となら上手くやっていけそうな気もする。修一のことも好きには違い無い。次第に修一と付き合っている自分の姿がイメージされ始め、不毛な恋となることが目に見えているアンディーよりも、現実に幸せを与えてくれるであろう修一へと心が傾き始めていた。
アンディーも直美の顔を瞼の裏に描かない日は無かったし、直美のことを思い浮かべると必ず胸の鼓動が速くなっていた。新しい学年になったアンディーは、ある重大な決意をして、日々努力することを誓っていた。
直美はその晩、夢を見た。それは、ホームステイに行った時の夢だったが、どうしてだか、修一と一緒にホームステイをしていたのだ。修一とアンディーが眩く光る芝生の上でマンツーマンのバスケットをするのをブラウン夫妻と一緒にテラスで見ている。暫くすると、くたびれた様子で息を乱して二人がやってきて、テラスのテーブルに置いてあったグレープフルーツジュースを飲む。
「俺、直美のことが好きだ。」
ジュースを飲み終えた修一が唐突に真剣な眼差しを向けて告げた。直美は次の瞬間、アンディーの顔を見ようとしたが、アンディーの姿は霞んで消えてしまった。気づくと、ブラウン夫妻もそこにはおらず、芝生もテラスも消えて、そこは修一の部屋になっていた。
次の日、直美の心はもう決まっていたが、昨日の修一の告白ですっかり頭から抜け落ちてしまっていた事実が教室に入ると同時に発覚した。今日と明日は課題テストが実施される。クラスメートは皆、最後の確認または無駄な努力をしているところだった。直美は、先に登校していた修一の席まで行くと、
「今日の放課後、一緒に帰ろう。」
と言って自分の席に着いた。
課題テストは真面目に課題をしていれば、それほど難しいテストではない。事前に試験勉強をしていなかった直美も、楽に解答することができた。テストが終わると、修一の席へと向かい、言葉を交わすことなく、修一が立ち上がるとそのまま下校した。下校する生徒達の喧騒に包まれながらも、二人の空間を支配していたのは静寂であった。
「今日も修一の家に行ってもいい?」
直美がその空間から一瞬間静寂を追い払った。それに対する修一の返答は、静寂を崩すことなく、ただ頷いただけであった。そして、その状態は修一の部屋に入っても尚続いた。
「昨日の返事だけどね、私いろいろ考えて、まだはっきりと分からないけど、多分私、修一が好きなんだと思う。きっと、何時かはっきりと好きって思えるようになるんだと思うよ。だから、これからよろしくね。」
直美はテストを解き終わってから終了までの空き時間で意識せずとも考えてしまった末、浮かんだ台詞を丁寧に、自分でも確認するかのように言った。
「え、じゃあ・・・」
「うん。今日から私達、恋人だよ。」
みるみるうちに笑顔になる修一の顔を見つめながら、直美は顔を夕焼けよりも真っ赤に染めて笑みを浮かべていた。二人が恋人になったということを意識することが、二人の心に照れくささを生み出した。
「俺、絶対に断られて、もう今まで通り遊べないと思ってたから、マジで嬉しい。直美のこと大切にするから、よろしくな。」
視線を合わせたり逸らせたりしながら、修一も直美に負けないほど顔を赤らめて言った。