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硝子の瞳(1)
【青春 恋愛小説】

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硝子の瞳(1)-1

卒業式も終わると近くの公園まで並んで進み、そこで改めて終わりを言い合うのが我が校の仕来たりだった。クラスによっては合唱コンクールで歌った曲をアカペラで歌ったりしている。まだ肌寒い冬が残る寒空の中、みんな手を取り合い別れを惜しんでいた。
感情の波は一つ二つと大きくなり、小さな波紋は新たな涙を誘い、僕の沈みがちな心を刺激している。周りでせせら泣く友人達を見ていると、僕はどうしようもなく申し訳ない気持ちになった。何も感じないからだ。

そんな中、僕は舞を探した。
案の定、というか、彼女は彼女らしく一人で公園のベンチに座っていた。何百もいる卒業生の中から彼女だけを探すのは安易では無い作業だったはずだが、僕の両の目はそれを容易く行なった。僕が出来るだけゆっくりと彼女の前まで進むと、彼女もゆっくりと顔を上げ、またゆっくりと微笑んだ。胸がギュッとしめつけられる気がした。

「卒業、おめでとう」
「ありがとう」

僕らは、互いの眼を見てこう言い合った。なんて深い眼をしてるんだろうと僕は舞の眼を見て思う。緑色をどんどん深くしていった様な、そんな色。
「今日でお別れだね」
「そう。お別れ」
「悲しく無い?」
「……水嶋くんは悲しいの?」
「悲しくないと言えば、嘘になる」
何よりも君が僕を見なかった事が悲しい。続けてそう言いそうになるのを、僕は必死に堪えながら、彼女が次に放つ言葉を待った。
「水嶋くんの嘘も、もう聞けなくなる」
眼を閉じて少しうつ向いた彼女の顔が、陽に透けてとても綺麗だと思った。ただ一つこの学校に忘れものがあるとするならば、僕はこの顔を置き忘れて行くのだろう。
「また会えばいい。そうすればいつだって、僕は君に嘘を言える。君は僕に騙されることが出来る」
「―――本気でそう、思っているの?」
「本気さ。当たり前だ。だって一生会えないなんてこと、無いんだから」
「そう――」
「えっ?」
今まで閉じていた眼を薄く開き、彼女は静かな声で言った。その眼は硝子細工みたいに繊細で美しかった。周りの喧騒はとても大きくひどかったが、僕にはその小さな言葉を確実に耳にした。

「ひどいこと、言うのね」

彼女とはこの言葉を最後に二年以上もの間、まったく会わなくなる。最後の台詞を放って飛び立つ様に走り去ってく彼女を、僕は追うことも出来たのにしなかった。核心めいた響きを持った言葉に、僕の心のどこかは酷く動揺していたのだ。僕はその後、その場から約1時間程全く動けなかった。





『硝子の瞳』


春の日差しが眼に痛い。僕は軽快に自転車を飛ばす。信号が赤になったのを見計らって僕は携帯電話を開いた。もうすぐ7時。いつもより5分程遅いかも知れない。
信号が青になるのを確認して、僕は一気にペダル力を込めた。小気味の良い振動が身体に伝わり、僕が前に進んでいることを理解させる。からからとなる車輪の音を聞いて、僕は少しだけ自由な気分になった。朝が早いからか、道路には車も少ない。iPodに繋いでいるイヤホンからは、断続的に様々な音楽が流れている。僕はリズムに乗せてペダルをこぐ足にさらに力を込めた。
朝はこんな風に学校に向かう。通って二年と少し。
僕はもう、中学生では無い。


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