過激に可憐なデッドエンドライブ-36
「…」
重苦しい空気の中で、時間だけが流れる。
夕子の頭脳は高速で回転していた。この女はなんなのだ。裏で何を考えている。いや、何も考えていないのか。だが、しかしこの自信は一体―。
「…いいでしょう。我が焔一族の総力を持ってとはいきませんが、鉄也さんを預けてみます。あの子を通して、貴女の器を確かめさせて頂きます。とはいえ―」
長い沈黙に敗れたのは夕子だった。
「さすがは竜神姫様。見事な胆力でございます。我ら一同、姫様のご滞在を最高のおもてなしでお迎えましょう」
夕子がびしっと佇まいを直す。すると、それを合図にしたかのように周りの男達が一斉に銃を引いた。
「私は合格か?」
リリムレーアが苦笑いをしながら言う。
「そんな、滅相もございません。姫様の気高さに改めて感服しましたわ」
夕子が深々と頭を下げると、周りの男達が席を切ったように土下座をした。
「気にしていない。頭を上げろ」
「ありがとうございます。ですが、鉄也さんを弟のように可愛がっていたのは本当ですの。どうか、よしなに」
そう言って、再び頭を下げる。
「ふふ。判っている。だが、問題はそのテツヤだな。キョウコのことを知ってなお、私に手を貸してくれるか」
「大丈夫ですわ。あの子は昔から素直な子ですから、私がお願いしたことを一度も断ったことがありませんの」
ほほほと扇子で口元を隠して夕子が笑う。その様を見てリリムレーアが首をかしげた。
「素直? とてもそうは見えないが…」
「まあ、見ていてくださいませ。…ちょっと、鉄也さんをここに」
夕子が傍に控えた男に鉄也を呼んでくるように命令した。
バカみたいに広い屋敷を柿崎に案内されながら歩く。そして、通されたのは屋敷の一番奥だった。
部屋は薄暗く、小さな明りしか点いていないことがわかる。
その部屋の中央に、大きな布団が敷かれ、そこに老婆が寝かされていた。
老婆の周りには巨大な魔方陣が描かれ、一種異様な雰囲気を醸し出している。
小さな老婆は、何本もの機械から出た管に繋がれていた。
その機械の一つからは、心音を表す無機質な音が規則正しく聞こえてくる。
「ババア…」
そこに寝かされている老婆は、自分にとって恐怖の象徴だった。
幼い頃から、よく折檻された。それどころか、術の鍛錬だと言って何度も燃やされそうになった。
いつも守ってくれた両親がいなくなってからは、その仕打ちは更に激しさを増した。
地獄のような日々だった。
俺は、そんな日々を必死で耐え抜いたつもりだった。それでも、一度も俺を認めてくれなかった。
―この役立たずが!
叱責する老婆の姿が脳裏に浮かぶ。
俺が家を出て行くことになった元凶。
それが自分の祖母だった。
「若がいなくなってからは、よくお一人で縁側に座っておられました。そのお姿は、とても寂しそうで、見ていられませんでした。それからはみるみる元気を無くされて、このようなことに」
背後に控えた柿崎が言う。
「何を言う! 俺はこのババアの仕打ちに耐えられなくなって、家を飛び出したんだぞ!」
「それも、愛情の裏返しでございます。鏡子様が天界に召された上、若までいなくなってしまった先代様のご心痛を察せられませ」
「ふざけるな!」
愛情が籠もっていれば、何をしても良いというのか。
俺がどんなに不幸な子供あったか、ずっと見ていた柿崎は知っているはずだ。それを知った上で、更にそんなことを言う柿崎が信じられなかった。
「若は、名門帆村家の次期当主にございます。その運命は誰にも変えられません。若がなさるべきことは、目を背けて逃げることではなく、その運命と正面から向き合うことだったのです」
逃げるという単語にかっとなった。