過激に可憐なデッドエンドライブ-11
「一回目、せいやっ!」
気合を入れて渾身の前蹴りを放つ。前蹴りというのは、足を正面に出すだけのオーソドックスな蹴りなのだが、回し蹴りより難しく習得するのに時間がかかる。
「むっふぅうう」
川田が変な声をあげる。強烈な蹴りを腹筋だけで受けるので、声が出るのは仕方ないことなのだが。
「二回目、はあっ!」
「おおっぷっふう」
「…三回目、えいやっ」
「はうああはぁはぁ」
「……四回目」
「ああああああああ!」
蹴る前に川田は絶頂を迎えたような声をあげた。あまりにも気持ち悪かったので、とりあえず殴る。
「あんっ…。何するんですか、はぁはぁ」
するとまた川田が気持ちの悪い声をあげた。
「…変な声を上げるな。黙って受けろ」
「こ、声を出すなっていうんですね…。酷いお人だ。フフフ」
そう言いながらもなぜか川田は嬉しそうだった。
「じゃあ、行くぞ。四回目、せいやっ!」
「むっむう!」
川田は口に手を当ててくぐもった声を上げた。だから再び殴った。
「ああんっ! ちょっと、前蹴りの練習なのに二度も顔を殴るなんて、テツさんは酷いなあ、はあはあ」
そう嬉しそうに言ったので、思い切り前蹴りをしてからワンツー。距離が縮まってからは川田の頭を押えて怒涛の膝蹴りをお見舞いした。
悶絶して気を失った川田の顔は、なぜか満足げだった。
もはや、言うまでもないが川田は筋金入りのマゾだった。一番痛そうな部活ということで空手部に入ったらしい。
そんなド変態でもロダンを差し置いてレギュラーである。
「帆村!」
その時、屋上の扉から大きな声が聞こえる。振り返ると文法先生が立っていた。
空手部顧問、中村文法五段。
年季の入った胴着に身を包んだ先生は、一見痩せぎすに見える。しかし、五十前とは思えない見事に引き締まった肉体の持ち主だった。
ざっしざっしとこちらに向かって歩いてくる。その漂う威厳はさすがだった。
「文法先生、押忍!」
全員で直立して挨拶した。空手部挨拶は常に押忍である。
ちなみに、文法とはフミノリと読むのではないことだけは確かなのだが、実際になんと読むのかわからないので、みんなブンポウと呼んでいる。本人もまんざらではなく、その方が格好良くていいと洩らしていたとかいないとか。
「帆村、最後まで攻め抜くというその心意気や良し! だが、ちとやりすぎだな。見ろ、川田のやつ白目むいてら」
「押忍! 川田がたるんでいたので気合を入れていたであります!」
すると文法先生はこちらをギロリとするどい目線で睨んだ。少したじろぐ。
「ならば良し!」
いいんだ…。心の中でそう突っ込みながらも胸をなでおろした。
「おーい、さくらや、茶淹れてくれい」
はーいとさくらが元気にお茶を持っていく。予め用意してあったらしい。
「おお、さくらは今日もかわいいなあ」
「もうセンセったら」
意外と軽い人だった。
ローテーション組手の練習を終えた頃には、日が暮れていた。
「…もうすぐ春の大会がある。それに向けて気合を入れて練習するように!」
練習の締めには先生の訓示がある。
「今日の練習はここまでにする。そういえば期末テストも近いから、ちゃんと勉強もしろい」
空手以外は全くやる気のない先生は、期末テストをそういえばで思い出す。
「押忍! ありがとうございました」
全員で声を揃えて礼をする。
今日もみっちり三時間いい汗を掻いた。
着替えて昇降口に行くとさくらが退屈そうに待っていた。