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DEAR PYCHOPATH
【サイコ その他小説】

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DEAR PYCHOPATH−1−-3

 「遅い!遅いよヘンリー、あたしずっと待ってたのに」
と顔中を笑顔にしながら彼女は言った。
 「こうしてお前にも形なりに狩りをさせているだろ。それだけでも感謝しろよ」
 僕は肩をしゃくりながら言った。たった一度の狩りで疲れを起こすとは、いつまでも若いつもりで生活してはいられないらしい。
 「ねぇヘンリー」
 僕の隣に立ち、転がっている靴のつま先でつつきながら彼女は顔をあげた。僕はそれに返事はしなかったが、その沈黙を許可だと自分なりに理解して、彼女は早速いつもどおりの仕事をし始めた。小さな獣の、狩りの始まりである。彼女の狩りの内容は、僕のそれとは大きく違っていた。僕の獲物の対象は生あるものであり、それを屍に変える所に胴震いする程の満足感を感じていた。しかし彼女は、屍をいじくる所にそれを強く感じているのだった。自分の非力な両腕で、自分よりも大きなものを従えるという征服感。それを楽しんでいた。彼女は僕の見ている前で、惨めたらしく転がる屍を、感じるままにいたぶって見せた。屍は性別も分からない程崩れていった。それはまるで肉で出来た、スポンジのようだった。
ベッキーはそれを心臓マッサージするかのように、グッグッと押しては歓喜の声をあげている。傷口からは、まだ熱のある血液が溢れ出て、その度にベッキーは脳に突き刺さるような声で笑っていた。無邪気に、純粋に、幼子の瞳を輝かせて・・・彼女は獲物の鮮血を浴びた。



 瞬間、僕は大声をあげ、跳び起きた。呼吸困難に襲われ、必死にそれをとり戻そうと、痙攣する体を両腕で抱いて気を静めた。数秒後・・・何とか落ち着きをとり戻し、僕はゆっくりと辺りを見回した。けれどそこには、あの、人々が理想とするような大自然も、小さな狂気ベッキーも、気の毒な屍も瞳には映ってはいなかった。僕は堅くなっていた肩を落とした。安堵が胸から始まり、全身に広がっていくのが分かる。今、僕の視界にあるのは読みかけの雑誌、食べかけのスナック菓子の袋、そして本棚やテレビ・・・まさしくそこは、乱雑した僕の部屋だった。
 「また・・・あの夢か」
 カーテンの隙間から、焦げ付くような日差しが差し込んで来ている。どうやらもう、日の位置が相当高くなっているらしい。僕は短くため息をつくと、汗ばんだ両方の手のひらをシーツへ拭った。夢の中で犯した罪の感触が、まだこの手に残っているような気がした。
 「悪夢、だ」
体の節々が痛む。僕はけだるい体をもちあげるように床に立ち、よろめきながらキッチンへ向かった。先週から訪れた、夏の異様は暑さのためか、それともさっきまで見ていた悪夢のせいなのか、どちらにしろ唾を飲み込むことも出来ない程、非常に喉が渇いていた。冷蔵庫を開けてみても、たいしたものは入っていない。
飲みかけのミネラルウォーターがある。とりあえずそれを取り出すなり、口へ突っ込む。あっと言う間に空になったボトルを、ゴミ袋へ放り込み、力なく腰を下ろす。水を飲んで、喉の渇きは満たされたものの、まだどこか他が渇いているような気がして、どうも頭の中がはっきりとしない。
 「誰か助けてよぉ」
 返事はない。当前だ。一人暮らしの短所、それは発作的に誰かと話をしたくなった時に、誰もそばにいないということではないだろうか?
 僕は今年の春、幾つかの大学受験をことごとく失敗していた。
 勉強を怠ったつもりはない。多分、他の誰もが僕以上にがんばった結果だと思う。
そして、僕の一人暮らしは最後の合格発表に、自分の番号がのっていない時点で決めたことだった。そのことを両親に話しても反対の意見はなく、そればかりかそれを喜んで了解してくれているようだった。かわいい子には旅をさせろ。と、いうことだろうか。まぁ何はともあれ、そういうわけで僕の一人暮らしがはじまったわけだが、ここで一つの悩みが生まれた。それは、僕の中の良心を、理性を、常識を、徐々に蝕んで行くのだった。比較的楽観主義者な僕を、こうまで悩ませるその種はさっきも見ていたあのわけもわからない殺人劇にある。


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