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DEAR PYCHOPATH
【サイコ その他小説】

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DEAR PYCHOPATH−1−-2

 苦しい・・・苦しい・・・苦しい・・・

 渇いている・・・欲しくてたまらない・・・
 
邪悪で、真っ黒な憎悪が、ゆっくりと目の前を曇らせていく。僕がさっき吠えたもう一つの理由とは、この渇き、いや、もっと的確な言い方をすれば、飢えと言うべきであろうか。とにかくそれは、ある時、突然予告もなしに訪れるのだった。
しかも、どれほど巨大なもので来るのか、本人にもその予測は不可能。そして今まさに、それは訪れていた。こうなると気を静めるには唯一の方法をとるしかない。
 「ベッキー!ベッキー!来い。飢えが始まった!」
 ベッキーは、その荒げた声からただならぬ事態を感じとったのか、小さな耳をヒクヒクさせると、遊ぶのを止め、僕の元へ走りよった。
 「どうしたのヘンリー!どこか痛い?」
 僕は、かぶりを振った。
 「飢えだ、いつものやつが来たんだ。これから狩りを始める、お前は少しの間そこら辺に隠れていろ。いいな、分かったな!」
 何度も念を押してベッキーの肩をとって揺すると、彼女はコクコクと頷いた。
 やがて彼女は僕から少し離れた茂みの中へと入っていった。僕がこれから何をしようとしているか。もうこれで何度目かになるので彼女もよく理解しているのだ。茂みの中のガサガサという音がなくなると、再び視線を前へ戻す。肝心の獲物を見つけるためだったが、運よく一目で発見することが出来た。
 たちのぼる陽炎の中を、人の姿のようなものが一緒になって揺らめいていたのだ。
かなりぼんやりとしか瞳には写らなかったが、蜃気楼ではあるまい。僕は考えた。瞬時に、そのデーターを、経験という名のフロッピーからとり出した。ここから見るに、獲物は女性。しかも辺りを見渡しても、民家らしいものはどこにも見当たらない。よってここらに住む者ではないはずだ。
答えは出た。僕はいよいよ沸きあがる興奮を、見舞われた海のように、胸の中に踊らせた。
 「旅行者か」
 腰にさしてあったナイフを手にとり、刃に映る両目を眺める。完全に狂った者の目付きだ。
 けれどこれでいい。これが自分には似合う。そう、殺しをゲームとしか思えないこの僕にとっては。
 そうこう考えている間にも、獲物は徐々にこっちへ近づいて来ている。僕は生暖かいつばを飲み、
「来い、殺してやるから」
と呟いた。
 獲物は思っていたよりも若かった。二十代前半から、三十代に入るかどうかというところで、色も透けるように白く、あの中に本当に内蔵が詰まっているのかと思わせる程の細身だ。服装にしたってそうだ。この夏の日差しを避けるためだろう。上下、白一色のいでたちで、それがまた彼女を清楚で可憐な花に仕立てあげていた。
 「さぁて、その体の中身、どうなってるんだろうな」
押さえ切れない衝動が、僕の欲望のドアをノックする。
まだだ!自分に言い聞かせる。まだ動いちゃいけない、逃げられたらどうする?
また最初から、やり直しだ。もう少し・・・後少し・・・。手足に伝えようとした脳からの信号を、なんとか押さえると、今度は体中が脈打って鼓動を速まらせた。獲物の微かな足音が、両耳に入ってきた。あと数秒だ。そしてその体が僕とすれ違おうとした、わずかひとこまの出来事だった。一刹那、僕から表情が消え、手に持たれていた命をさばく爪が難無く獲物の胸に潜り込んだ。そうなった瞬間に音はなく、心地よい感触だけがこの右手から、全身に伝わった。獲物は、自分に何が起きたのか分からず目をしばたいている。だが、そこまでだ。僕の赤い血の付いた爪が、その綺麗な目玉をもえぐり出すことによって、走馬灯さえ見られないようにしてしまった。僕は息のなくなった肉の塊を、今度は無差別に傷つけ始めた。
それはまるで、どんな思いにも忠実に従ってくれる、幼い頃よく遊んだマリオネットのような動きだ。しかし手を止めると、真っ赤な涙を流している人形はその場へゴロリと崩れ落ちてしまった。僕の狩りは、ここで始めて幕を下ろしたことになる。あとは・・・と、後ろを振り向くと、ベッキーが茂みの中からひょっこりと顔を出している。僕からのサインを、今か今かと待ち兼ねているのだ。僕が人差し指をクイクイ動かし、「来いよ」のサインを送ると、彼女は主人に呼ばれた子犬のように、そそくさと走りよって来た。


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