交差点-1
プロローグ
“ボンッ”と鈍い音がした。
この日、酒を飲んで車を走らせた男はある信号に引っかかりそうになった。今は夜の十一時、人通りも少ない。しかも、雨が降っていたことでよけいに人影が極端に少なかった。こんな日だ、誰も見ちゃいないだろう。その思いで、赤に点滅した横断歩道をそのまま通過しようとした。すると、突然小学生が飛び出てきた。ビックリしてブレーキを踏んだが、遅かった。
愚痴を言いながら何事も無いことを祈り、すぐに子供の元へ向かった。しかし、祈りは通じなかった。頭から血を流して倒れている少年は、ピクリとも動こうとしない。大雨のせいで、血が雨に打たれ男にかかりそうになった。それを男はよけた。
『ここで届けたら……。』
子供を引いてしまったことは悪いと思っている。しかし、今は酒を飲んでいる。と言うことは、より刑が重くなるんではないのか。その思いが頭をよぎった瞬間、子供を助けることはもう頭には無かった。
いそいそと車へ戻り、Uターンしてどこかへ走り去った。
一
中学校三年生のある夏の日。もう学校なんて行きたくもない。そう思い始めたのは中学校二年生からだろうか。いじめられ、一番の親友にも自分までいじめられたら困るから、ということで見放された。徳永真一には、誰一人として友達もおらず、行き場もなかった。
そんなある日、三年生になった新庄真一の担任となったのは、蒲田太一だった。
太一は情熱的で、全員に均等な愛情を注ぐような男だった。そんな彼の性格上、真一を見捨てるわけにはいかなかった。
真一に助け船を出そうとした太一は、一度真一の自宅に向かった。そして、話をした結果来月から学校に行くことになった。太一の情熱に真一は負けたのだ。
そう決めた真一は、それまでの一週間何とも言えない気持ちでたまらなかった。実はと言うと、行きたい気持ちも少しはあったのだ。行きたかったが行けなかったのだ。そんな真一に救いの手を差し伸べてくれた太一に真一は心の底から感謝した。
登校前日、真一は久しぶりの登校に胸をふくらませた。明日まで待てない、と言った感じだ。そこまで待ち遠しいならばさっさと行けばいいじゃないか、と思うだろうが、自分から行く気にはどうしてもなれなかった。つまりは、誰かに強制的に指示してもらわねばならなかったのだ。
ソファーに座っていた真一は、普段見ないニュースもこの日は見る気になっていた。ニュースに釘付けになり、全ての内容に共感、あるいは反対の意見を心の中で唱えていた。そんななか、とても興味深い事件があった。
「次のニュースです。ここ一週間で、○×中学校の十四人もの生徒がいずれも同じ交差点でひき逃げにあっています。調べによりますと、事件が起きているのはいずれも大雨の日の登校中の出来事だそうです。学校側は、雨の日は学校閉鎖するようにし、雨の日以外も集団登校集団下校を呼びかけました。」
真一は飛び上がった。その中学校は自分の通う学校ではないか、と。まさか、自分のいない間にこんな事件が起きていたとは思いもしなかっただろう。しかし、今はそんな悠長なことは言ってられない。なぜなら、自分は明日登校するのだ。自分が明日、襲われる可能性だって十分にある分けなのだ。だとしたら、明日は行かない方がよいのではないか。そんな思いが頭をよぎり、首を振りそんなことを考えてはいけないと自分に言い聞かせた。何としてでも明日学校には必ず行く。待ちに待ったこの日をそんな事件でおじゃんにしてたまるか。それに明日の天気は降水率十パーセント。確実に降らないとは言い切れないが、雨の心配はない。だから、明日自分が行ったところで何も起きるわけがない、そう信じ込んでいた。