「demande」＜槙惣介＞-7
「…国内トップクラスと言えば帝匡か盟嶺？首席で卒業なんてすごい…。
あー…本当にいたんだ、頭のいいホス……じゃなくて、執事サン」
「勉強のできる人を…必要とされていらっしゃるのですか？」
「まぁね…。私、医学部なの。将来…医者になりたいのよ」
よく見たら、この部屋は医学書らしきものでいっぱいだった。
諏訪サンがここに来てたら彼女も「帰れ」なんて言わなかったのかも…。
俺じゃあきっと…話し相手としてのレベルにも達してないよなぁ…。
明らかにガッカリしている彼女の様を見て、惣介は自分の非力さを思い知った。
―――惣介は孤児院育ちだった。
未だ自分の両親が誰なのかもわからない。
勉強は嫌いじゃなかったが、金銭的な理由で高校すら行くことができなかったので、
中学卒業と共にすぐ働いた。最初は建設現場などで働いたりもしていたが、
彼が成長するにつれ、男としてどんどん磨きがかかっていくのを周りの大人が放っておかなかった。
高給なのを理由に危ない仕事を紹介され、善悪の区別がついていたのに断ることができなかった。
未熟さ故に自分の言い分を誇示することができなかった過ち―――
顔がいいから…スタイルがいいから…そんな理由で買われ、見たこともない大金が手に入る度に、
自分の心と体が荒んでいくのを感じていた。一人で泣く夜が増えた。
運命ともいえる出会いがあったのは３年前。
自分を買う人間の中に、高崎要という人物がいた。
自分よりもずっと容姿端麗な彼は、惣介を抱くわけでもなく、ただ話がしたいと言った。
一方的に自分の身の上話を喋らされて、自然と愚痴っぽくなる。
あまりいい気分ではないまま、要との時間は終わった。
―――後日、demandeに誘われたときは、そうゆうことだったのかと、状況を把握した。
でも、結局今と同じで、ただ買われる身であることに違いないだろうと嘲笑った。
だが、要が放った一言で、すべてが変わってしまったのだ。
『おまえの人生はおまえのものだ。何度でもやり直しがきくことを忘れるな。
学歴に不満があるなら大学へ行け。俺が行かせてやる。まずはお前が大検に受かるまで
何年かかっても待つと約束しよう。それまでは俺の元で働け』
凍っていた心に火が灯り、全身の血が一気に巡るのを感じた。
溶けた氷が水となり、目から溢れて止まらない…今までに感じたことのない熱い涙…。
見ず知らずの男に対して、本気でこんなこと言ってるんだろうかと疑念を持ったが、
要の優しくも熱い眼差しは、今の生活から脱出するための救世主のようにも思えた。
今の生活よりはずっとマシだろう。―――そう言い聞かせてdemandeの門をくぐったのだった。
あの日から惣介は少しずつ勉強に精を出している。
中学から止まったままの学力を上げるには、本当に何年もかかりそうだった…。
それでも惣介は焦らず、ゆっくり進もうとしていた。