「demande」<槙惣介>-25
「…災難だったな」
「い、いえ…俺は別に…」
「ここの…規則を覚えているか」
実は規則は何十個もあり、まずはこれを覚えるのが仕事だと云われたことを思い出す。
「…もちろんです」
「そうか…。第21条も覚えているな」
嫌でも覚えてるよ…。
惣介は心の中で舌を打ち、21条を唱える。
「依頼人に対して恋愛感情を持ってはいけない。たとえ…」
―――胸がつまる。
「……たとえ持ったとしても、その感情は忘れる様努めること…。」
「…おまえの気持ちはよくわかる。だが、これが必要な規則だ。…わかってくれ」
わかってる…っ。
言われなくてもわかってるよ…!
せっかく抑えていた怒りを彷彿させられ、惣介は膝の上でぐっ…と拳を作った。
「しばらくは…仕事を休め。おまえの予定は2週間先じゃないと空かないということにしておく」
悔しくもあったが、正直救われた気分だった。
今は…とてもじゃないが、他の女性と会う気になれない。
惣介は少し俯くと同時に、頷いてみせた。
「…今日はゆっくり休むんだな。そして明日は病院へ行け。その顔を治すよう努めろ」
要は惣介の肩をたたき、その場を離れた。
規則を曲げることはしないが、できるだけの気遣いを見せてくれる。
『病院へ行け』と言われて、七香の夢を思い出した。
…いつか…、彼女が医者になって、病院に勤めることになったら、
もしかして会えるチャンスができるかもしれない。
それまで、覚えててくれるかな…。
―――『…たとえ持ったとしても、その感情は忘れる様努めること』
そんなことまで指図されたかねーよ…。
…惣介は天を仰ぎ、フー…っと大きく息を吐いた。