「demande」<槙惣介>-23
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あの伯母さんのお蔭で…七香と出会えた。
そして、あの伯母さんのお蔭で…別れは湿っぽくならなかった…。
そう思えば、グーパンチのひとつやふたつ、なんてことないな…。
運転しながら、惣介は頬をさすり、苦笑してしまった。
demandeを辞める―――
その選択肢も考えなかったわけじゃない。
でも、要のことを思ったら…口にできなかった。
恩を仇で返すような真似はできないと、思いとどまったのだ。
でも、七香への気持ちを背負ったまま、他の人の相手はしたくない…。
この仕事を続けていけるのか―――
重苦しい気持ちを抱えたまま、意外と早く館に着いてしまった。
―――
「…戻りました」
リビングには優斗サンがいた。
そういえば諏訪さんは自室だろうか…?
「よう、おかえり。…って、その顔どうしたんだ???」
優斗は読んでいた雑誌を閉じ、惣介の顔をまじまじと見に近寄った。
「うわー、痛そー…。誰に殴られたんだ?」
「いや、ちょっと…」
「まさか…依頼人に殴られたのか?」
依頼人に殴られた――
まぁ、当たってはいるけど。
「…そんなとこ」
「そんなとこってなんだよ。ハッキリしないヤツだなぁ」
「色々あるんだよ」
それ以上詮索してほしくなかった。
…だって…、何から説明していけばいいんだ?
そんな想いを無視するかのように、優斗はさらに突っ込んでくる。
「いろいろじゃわかんないだろ?言えないようなことでもしたのか〜?」
「そんなんじゃないって」
「じゃあ教えろよ♪」
「いーよ、つまんないことだって」
「つまる・つまらないは俺が判断してやる。それとも俺が当ててやろうか?
んー、Hが下手で殴られた?」
はぁ!?
「バカか!もー、当てなくていいから!」
「じゃあ、他の男が乱入してきて『俺の女に何してんだ!』みたいな展開?」
「それもちが…」
と言いかけ、七香の伯母のセリフを思い出す。
『私のかわいい姪を…よくもーーーーーー!!』
…ある意味、近いものがあるかも と、セリフを止めてしまったのがあだとなった。