想いの輝く場所(後編)-2
タクシーから降りて、マンションのエントランスに重い足取りで入る。ポストの横にある小さなソファーに腰掛けてた黒い人影が近づいて来た。
「…悠」
「…ひどい顔、こんな時間までどこ行ってたの」
ひどい顔と言われ思わず自分の顔を両手で隠す。
「悠こそこんな時間まで…」
「今夜行くって言ったじゃん」
私の言葉を遮って悠が強めに言う。
怒りが含まれたその声に、私は言いかけた言葉を飲み込んでしまった。
「ごめん、怒るつもりじゃなくて。遅いと心配だったし、…あんなところ見られたから」
あんなところ…、思い出したくない光景が脳裏をかすめて、思わず悠から目をそらしてしまう。
「…気に、してないから」
悠が複雑そうな顔をして私を見つめてくる視線を感じながら言葉を続ける。
「だって、悠からしたわけじゃないし…」
「…ごめん」
悠はそれだけ言って黙りこんだ。
頭が、痛い。
もう考えるのが嫌になって来た。
そのせいだろうか。
こんな悠を傷つけてしまうような言葉を言ってしまったのは。
「…いいわよ、謝らなくたって。予行練習だと思えば」
「…え?」
怪訝そうに悠は顔をしかめた。
「ほら、いつか、悠に彼女が出来たらこんな気持ちかなって…」
何を自分で言っているのかわからなかった。
でも話していないと涙が出てきてしまいそうで。
二人とも無言になる。
次の瞬間、悠が先に口を開いた。
「奏子の…未来の中に、オレはいないの…?」
悠からの寂しそうな問い掛け。
思わず言葉に詰まる。
私の、未来…?
「…そっか、そうだよな。わかった」
ソファーに置きっぱなしになっていたカバンを持って悠がエントランスに向かう。
「あ、待って…」
慌てて掴んだ悠の手はひどく冷たかった。
「なんでこんな冷たいの、いつからここに…」
私の手を振り払うように、悠は飛び出して行ってしまった。
追うことが出来なかった。
出来なかったわけじゃない。ただ、悠をすごく傷付けてしまった。その後悔で動けなかった。
どうして。
こんなことになってしまったんだろう。
昨日の夜はあんなに幸せだったのに…。
溢れ出る涙が頬を伝い落ちた。
寒さと嗚咽で歯が震える。
声を漏らすまいとして両手で口元を押さえながら、寒い部屋の中に入った。
そのまま電気も付けずに、ベッドに横たわる。
瞼が熱い。
止めどなく涙が頬を伝い落ちて、枕に大きなシミを作っていた。