私の存在証明A-5
「泳げば?」
「泳ぐのは嫌い」
「なんだそれ?まぁいいや、タイミング良かった少し手貸せ」
「何?」
「いいから、ほい」
先程閉店ギリギリに購入したばかりの指輪を掌に乗せる。
ピンクゴールドの指輪は街灯に照らされて鈍く光った。
「……指輪?」
「違う。発信機」
「発信機?」
「あんたはちゃんと此処にいる、俺が見つけてやる。っていう発信機」
俺の言葉にあいつの瞳は暗闇でも判るほどに、激しく揺らめいた。指輪を両手で固く握り締め「嬉しい」と唇が紡いだ。
「ありがとう……でも、恋人同士じゃないんだから指輪なんて。好きな子にあげなよ。これの為にバイトしてたんでしょ?」
「じゃあ恋人同士になれば貰ってくれるか?」
それは無意識の内に出た言葉。
けれど、自分自身の言葉が耳に届くと同時に俺はすんなりと納得した。
目が離せなくて、気になって仕方がない理由。
俺はこいつが好きなんだ。
それはいつからだろう?ひょっとすると出逢った瞬間からかもしれない。「居ても居なくても変わらない存在」と言い切ったあいつの細肩を、俺は心の奥底では抱き締めたかったのかもしれない。
勿論、こいつはそんな事など知らないから、俺の言葉に目を見開いた。
「何それ?冗談?」
「本気だ。あんたは俺のことどう思ってる?」
沈黙。
周囲は静寂に包まれて、俺の心臓の音はあいつにも聞こえる位に鼓動を速めた。
「……嫌いじゃない」
「なら問題ない。あんたの『嫌いじゃない』は脳内変換で、『好き』ってことになる」
シュークリームに川、それと多分灰色の空。
いつも無表情なくせに、嫌いじゃないものを見ている時には上機嫌。
こいつの『嫌いじゃない』には『好き』というイコールがつく。
「なんだ、バレてたんだ」
その時俺はこいつの笑顔を見た。
無理に作られたものではない心からの笑顔を、だ。
「私が好きだったものはみんな消えちゃうの」
父親、祖母、昔死んでしまったというペットの名前を上げながら指折り数えていく。