「demande」<津上翔太朗>-3
「あ、あの申し訳ありません。きちんとご挨拶させてください。「demande」から参りました、
津上翔太朗と申します。この度はご指名ありがとうございます、お嬢様」
翔太朗の焦りは樹里に伝わり、そっと微笑みに変わる。
「いいのよ、できるだけ自然体でいて?私も緊張しちゃうから」
「あっ…はい。ありがとうございます」
―――上がっていた翔太朗の肩が少しだけ落ち着いた。
「お茶はいかがですか?」
「…あら、あなたが入れてくれるの?」
「はい。こう見えてもちゃんとしたレクチャーを受けております」
「じゃあお願いしようかな。あ、できればミルクティで飲みたいな」
「はい!」
翔太朗のチョイスした紅茶はドアーズ。
強い渋みはなくコクのある味で、ミルクティには最適。
個人的にも好きな紅茶だ。
樹里はとても気さくな女性で、いつもは「何を話そう…」と
緊張してしまう紅茶の蒸らし時間も、滞りなく過ぎていった。
「じゃあ南のほうのご出身なんですね」
「そう。小さい頃から海で遊んでばかりいたから…白い肌が羨ましいわー」
「小麦色の肌も健康的で美しいと思いますよ」
「フッ…そのうちシミへと変化するのよ……」
「お、お嬢様???」
こんな高級マンションに住んでいるのに、嫌味さがまったくない。
それどころか、素朴感すら感じる。ケラケラ笑う明るい顔は少女のようだ。
「あー…ホッとするね。おいしい」
「ありがとうございます!」
翔太朗はちょっと得意になった。
今までだって、おいしいって言ってもらえてたけど、
彼女の表情が本当にホッとしているように見えたから…なんだかいつもより嬉しく感じた。
「紅茶を飲むのは久しぶりだわ。うちは主人がコーヒー…」
彼女の口はそこまで言いかけてストップした。
「ごめんなさい。あなたに来てもらっているのにわざわざ主人なんかの話題、出すことないわよね」
…主人「なんか」…?
「いえ。お気になさらずに」
「…そうだ!有名な洋菓子店からお取り寄せしたケーキがあるの!一緒に食べよ?」
「…はい。喜んで、お嬢様」
「お嬢様はナシ!樹里って呼んでいいから!」
彼女はまるで「水くさい」とでも言うように僕の両頬をつねって笑った。
僕も、樹里さんって呼びたかった―――だから笑って頷いた。
樹里さんは…「翔」って呼んでくれた。―――まるで弟を呼ぶように…。
紅茶を飲み、ケーキをいただき、会話がはずんでどんどん時間が過ぎていく…。
樹里さんは楽しそうだったし、僕も楽しかった。
でも…時間が経つにつれ、翔太朗はモヤモヤとした疑問が湧いてくるのを感じた。