「demande」<津上翔太朗>-2
車は目的地より少し離れたところで停まることになっている。
車体やナンバーを見られないようにするためだ。
執事が自分の車で行くときも、必ず駐車場の出入りを見られないようにする決まりがあった。
「では、23時にお迎えにあがります」
「うん。ありがとう」
――さて、僕も自分の役割を果たしてくるかな。
翔太朗はコートの襟を正して、200M先にある20階建てのマンションへと足を向けた。
「1102…1102…」
井芹樹里の部屋番号を押し、インターフォンに相手が出るまで3秒とかからなかったが、
相手は無言のままオートロックを解除し、インターフォンを切った。
―高級マンションの匂いがする…。
隅々まで磨かれた白いロビー。
間接照明も、シンプルだけどとても高級な品だと思われる。
エレベーターも乗り心地のいいこと。11階まであっという間。
目をつぶれば、本当に動いているのか疑問にすら思うほど滑らかだった。
改めて身だしなみを整え、ドアの前に立つ。
――――と、いきなりドアが開いて翔太朗は引っ張られた。
「…いっ!?」
「シッ」
翔太朗の目の前に、人差し指を口に当てた女性が立っていた。
な、なんかまずかったのかな…?
何がなんだかよくわからず、大きな目をくるくるさせている翔太朗を見て、
不安を取り除くように女はフッと微笑み、「ごめんね」と言った。
「…今、主人の会社の部下が来てたのよ。誰ともすれ違わなかった?」
…主人?この人…既婚者なのか…。
「大丈夫です。誰ともお会いしてません…」
「よかった。エレベーターが別だったのね」
彼女の眉がハの字になり、口元には軽く笑窪が出る。
くしゃ…っとなった笑い顔は、とても魅力的だった。
平たく言うと「美人」の彼女に、翔太朗はしばらく見とれてしまった。
「…あ…っ、津上翔太朗と申します!この度は…ご指名、ありがとうございます!」
「…朱美の言ったとおり。可愛らしい執事さんね」
――――あ…お嬢様って言うの忘れた…。
「demande」から参りましたって言うのも忘れた…。
はじめまして すら言ってない…。
こうゆうとこキチンとしなきゃ、店の品質が落ちるって言われたのに…。