StealthB-5
「…痛てて…美奈ですが…」
「痛いって、どうかしたのか?」
受話器からは気遣う恭一の声。美奈は少し嬉しくなった。
「いえ…何でもないです」
「そうか、ところで、頼んでいた振り込みの件だが変更になった」
「どうなったんです?」
「明日の昼、おまえが居る詰所に男が訪ねて来る。そいつに直接渡してくれ」
「エエッ!私が」
恭一の話に思わず声が上ずらせた美奈は、慌てて周りを伺うと小声で訊ねる。
「…詰所に誰が来るんです?」
「いいか?今田郁己という男だ。30代半ば。170センチほどで痩せ形、長髪にメガネを掛けて神経質そうな外見…」
美奈は恭一の言葉を、電話口にあるメモ用紙に書き写す。
「分かりました。明日の昼ですね」
「頼んだよ…」
恭一は電話を切った。美奈は受話器を戻すと、しばらく考えるように佇み、キッチンへと向かった。
キッチンでは母親が洗い物をしていた。
「お母さん、ちょっと貰うわよ」
美奈は冷蔵庫を開け、缶ビールを1本取るとテーブルに腰掛けてフタを開けた。
「あんたが飲むなんて珍しいわね?」
ちょうど洗い物を終えた母親が、手をタオルで拭きながら美奈に訊いた。対する答えは意外なモノだった。
「…明日のためよ。リラックスするために…」
答えに母親は“ふーん”と言うと、
「私も付き合おうかしら」
冷蔵庫からビールを取り出し美奈の対面に座った。
「佐倉さん!鑑識からあがって来ました!」
夜の遅い時刻。不夜城のように煌々と明かりの灯る捜査3課に、宮内が駆け込んで来た。その手には十数ページにおよぶ、鑑識の報告書が握られている。
「ご苦労だったな」
佐倉は労いの言葉で宮内を迎えると、さっそく報告書に目を通した。
・侵入経路はビルの機材搬入扉から非常階段を通り、5階の専用エレベーターによる。
・侵入経路及び電算室に作業用靴跡有り。サイズはともに26.5センチ。それ以外には衣服の化学繊維を採取。
それらは一般販売店(ホームセンターや作業服店等)で取扱われているモノで、購入履歴を特定するのは困難。
・容疑者が脱出の際に利用したベルトやロープリールについては、消防、陸自以外での使用は稀である。現在、購入履歴を調査中。