飃の啼く…最終章(後編)-6
「はぁ!?何でわざわざ本陣に敵を連れて行かなきゃなんねんだよ!」
「それが父上の望みだからだ」
静かに答えた害の言葉に、なぜか顱は怒りを掻き立てられたようだった。
「何が望みだ!知った風な口を利きやがって!お前は出来損ないだ!それ以上の存在じゃあねえ!お前に親父の望みなんかが、分かるわけがねえ!」
怒り狂う顱が纏った殺気は凄まじかった。視界が一瞬ぼやけるほどの悪寒が、まるで衝撃波のようにさくらの体を突き抜けていく。
顱が害に飛びかかろうとしたその一瞬、飃の目が光った。
彼の行動に驚かなかったものは居ないだろう。七星を手に、害を庇おうとしたさくらも、自分の頭上から顱に向って伸びた雨垂を見上げたゆうも、鋭い切っ先に狙われた顱も、皆驚いていた。
「どういうことだ…?」
突き出した雨垂をかわせたのは、顱がかなりの戦闘能力を持った澱みだからだろう。彼は鋭いつきを難なくかわして、十分な間合いを取った。雨垂が空気を振るわせる、清らかな鈴の音のような音が、潮騒を圧して当あたりに響いた。
「さあな……。己にもわからん」
飃がそういうと、顱は、さくらの腕の中の害をかっと見開いた目で見つめた。表情の無いその瞳は、まるでブラックホールのようにどす黒く、見つめるものを吸い込もうとしているようだった。しばらくそうして、害と顱は、周りには見るべきものが何も無いとでも言うようにお互いを見つめ合っていた。やがて、顱が淡々と告げた。
「親父には、お前は殺されてたって言っておくぜ、害」
そう言うと、彼は重力など関係ないように其のまま高く空へ跳躍し……その姿は、暗闇に解けて見えなくなった。
緊張を一瞬解いて息をつく。
「飃、ありがと…」
さくらがそう言い、飃は鷹揚に微笑んだ。
「己は己のやりたいことをやっただけだ」
二人は立ち上がり、前に進もうと歩き出した。
「何で…」
しかし、小さな害の声に、二人は振り向いた。
「何で、僕を助けた?」
飃とさくらは、ふと考えるように目を伏せて、それから言った。
「わかんない」
「わからんな」
二人は、ほぼ同時に口にした。
「でも…」
飃が、はは、と笑った。
「己も、とうとうさくらに似てきたか」
「でも…!」
でも、あいつは戻ってくる!今度は沢山の澱みをつれて!
そう言い募ろうとする彼に、さくらは手を差し伸べた。