飃の啼く…最終章(後編)-41
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それから1年―
「おーい!遅れちゃうっスよ!」
「わぁかっとるわい!!」
照善が張り上げた怒声に、他の参拝者のうちの誰かが驚きのあまりひしゃくを落としていた。
墓でそんな大声を出すのは誰だと顔を覗いた人は、それが自分達の菩提寺の住職だと知るや、恐れをなしてどこかへ行ってしまった。
「のう、覚義―」
彼は、墓石に向って穏やかに話しかけた。
「あれから1年が過ぎたがの…世界は、あまり変わっとらんよ」
彼は墓に供えられた、色鮮やかな花をみた。タンポポやハルジョオンはきっと、狗族の子供達がいつの間にか訪れて供えていったものだろう。
あれから、テレビや新聞は何ヶ月にも渡ってあの事件を取り上げた。しかし、明らかになっていないこと、明らかにされないことのほうがあまりに多く、未だあそこで何が起こったのかについては“湾岸の街が森に姿を変えた”という以上のことは述べられていない。中には、限りなく真実に近い報道をする局もあったが、誰もが予想したとおり、空想や絵空事として片付けられてしまった。
緑の森と化した区域の再開発を求める者達と、それに反対する者達が、毎日衝突を繰り返している。
インターネット上では、あの大学生達の撮影した動画が、消されては誰かがまた投稿し、また何者かによって消去されるという追いかけっこが続いていた。
真実は闇の中だ。そして、それを追い求めようとする風潮は、早くも無くなってきている。
おそらく、そう時をおかずして、世界は再び、元通りになってしまうだろう。
「でもな…それでいいのかも知れん」
少なくとも、何人かは知っている。この世界はひどく醜く、そして美しいと。そして、その多くがこの世界を愛している。もしかしたら、ほんの一握りの人間は、この国に息づく、何かの存在を感じたかもしれない。そうであれば良いと、心の中で願う自分に、彼は気がついていた。
「善さーん!」
河野がまた、住職を呼んだ。
「やれやれ…」
立ち上がった彼は礼装に身を包んでいた。
「今日はな、あの子の結婚式なんじゃと…律儀にこんな爺さんまで招待して…まぁ、悪い気はせんがな…」
老人は小さく微笑み、河野と真田、野分と小夜がワゴンに乗り込んで彼を待っているはずの駐車場へ顔を向け…ふと、振り返って呟いた。
「なぁ…将棋の相手は……まだ見つからんよ…」