飃の啼く…最終章(後編)-30
「一度は父と呼んだこともあるあんただから、言っとく」
茜は獄の体をまたいで、剣を心臓の上に構えた。その体制のまま、彼女は獄の目をのぞきこんだ。
「あたし…子供が出来たの。風炎とあたしの子供。もちろん産んで、大事に育てる。一応あんたが居なかったら、あたし達は出会ってなかったんだから、お礼を言うわ」
「お前は…私を憎んでいるんだろう?」
茜は頷いた。
「憎いわよ。でも…そんな気持ちで長かった戦いに蹴りを付けたくないの」
茜は鍵を取り出した。それを見て、獄は落ち窪んだ目を見開いた。
「見つけたのか…」
彼女はそれには答えず、ゆっくりと剣を心臓にいたるまで突き刺した。何か固いものにカチリとあたる音がすると、彼女は剣を引き抜いてそれを獄の右手に突き刺し、磔にした。茜は傷口の中に鍵を突っ込んで手探りで何かを探した。
「くっ…!」
恐ろしいほど回復速度の速い皮膚が、茜の掌まで取り込もうと伸びてきた。滑りそうになる指先を賢明に動かして、ようやく金属質のプレートに手が触れる。
「残念だ…」
獄が呟いた。
「この手が自由なら、お前の頭を撫でてやるのだが…」
「それが厭だから、縫いとめたのよ」
茜は苦しげに言った。掌が、もう動かない。指を限界まで伸ばして鍵を差込むと、獄は目を閉じて深いため息をついた。安堵したような。とても深いため息を。
「さよなら…」
皮膚がちぎれるのも構わず、茜は力いっぱい、鍵をまわした。
カ、チ
静かな部屋に、その音がこだまする。途端に、彼の体を繋ぎ合わせていた見えない糸が解け、獄の体は分解した。
内臓の一つ一つ、骨の全てが、破裂した風船の中身のように床に散らばる。
その中に、心臓の部分に鍵が刺さったままの小箱があった。掌に収まるような、本当に小さな小箱だ。血で赤く濡れたその子箱を茜は恐る恐る手にとった。箱の中に何かが入っているような重みは感じない。しかし何かが中に入っているという確信だけはあった。彼女は目を閉じ、深呼吸をすると、ゆっくりふたを開けた。
「きゃあ!」
すると、眩い光が箱から溢れ、幾つもの光がかすかな歓声を上げて消えていった。
「これは…」
茜には分かった。それが、“獄”に囚われていた亡者の魂だったのだと。