飃の啼く…最終章(後編)-28
「今回ばかりは、完全に幻影で騙すというわけにもいかない…やつも警戒しているだろうし。だから、僕らが君たちに変装して代わりに捕まることにする」
「できるのか…?」
河野が聞くと、風炎は頷いた。
「幻影をかぶせるだけだから、実体がある。触れられてもばれることは無いだろう」
「でも…!」
危険だからやめてと言おうとした茜を、風炎が遮った。
「次に会ったときは僕の言うことを聞くと、君は約束した。その約束を今守ってもらうだけだ」
鋭い目には、有無を言わせない迫力があった。
「それに、君にはやるべきことがあるだろう」
風炎はそういうと、表情を和らげて、茜の額に小さくキスをし、そして朱鞘の剣を差し出した。
「行っておいで。あいつは地下にいる。但し、僕を後悔させないでくれ…必ず生きて、戻ってくるんだ」
茜は頷いて、風炎の頬にキスを返すと、足早に地下へと向った。
その様子を見ていた残りの四人に、風炎は言った。
「では、野分と小夜は僕と一緒に牢へ。二人は…」
「俺たち、身代わりなんて使いたくない」
真田が言った。野分が、澱みを呼び寄せないように精一杯小さな声で「はァ!?」と言い、真田の胸倉を掴んだ。
「おめ、どれだけ心配かけりゃ気が済むんだよ、あぁ!?」
真田は落ち着き払って、野分に言った。
「俺はまだ、“ピューリッチャー賞”をモノにできるほどの画を撮ってないんだ」
「ああ、ピューリッチャー賞は欲しいな」
河野が真面目な顔で相槌を打つ。
「そんなの…!」
言いかけて、小夜は彼らの瞳の中にある強い光を見た。
「頼むよ…その代わり、危なくなったら、期待してる」
冗談めかして言う真田の胸倉を、野分はようやく放した。
「けっ!勝手な野郎だな!」
そう言って、ハンディカムを渡した。
「精々しっかり撮っとけよな!」
牢屋の中からニコニコと手を振る二人に、野分は中指を立て、小夜は心配そうに何度も振り返りながら部屋を出た。
二人を見送ってから、風炎に言葉をかけようとした河野が、素っ頓狂な悲鳴をあげた。つられて風炎のほうを見た真田も声をあげる。
「どうした?」
そこに居たのは、紛れもなくさっきこの部屋を出て行ったはずの茜だった。声から、目つき、仕草から、全て本物と見分けがつかない。驚きを隠そうともしない二人に、彼は言った。
「だって、あたしはあの子のことなら何でも知ってるもの」
クールな風炎が見せた茶目っ気に、二人は思わず笑みを漏らした。