飃の啼く…最終章(後編)-27
「吾らにはそのようなもの 初めから 無かったというのに!!」
「…えは…」
さくらが小さな声で、言った。
「お前は…」
その声は震えていた。涙が頬をぬらしているのは、痛みのせいではない。彼女は顔を上げ、よろめく足で立ち上がった。
「お前は…この世界を、愛してるんだ…!」
背中から滴り落ちる血が、足元まで赤く染める。それなのに、さくらの瞳は曇らなかった。何度でも何度でも、真っ直ぐに黷を見つめた。
「確かに、綺麗ばっかりの世界じゃない…それは私も、前よりわかるようになった…でもね、だからこそ…だからこそ!世界は素晴らしいんだ!」
さくらは、堰をきったように流れる涙を拭った。
「完璧に綺麗だから、ひとは何かを愛するんじゃない!弱いところがあるから、醜いところがあるから…護ってあげたくて…すこしでも救ってあげたくて、人は何かを愛するんだ!」
「黙れ…」
黷はわなわなと体を震わせた。
「ごめんね…黷。ごめん…でも、おまえがいるべき場所は、この世界じゃない!」
「 黙 れ !!」
黷は叫んだ。
そして、4つの影が、地上を目指して落下した。
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「出ろ」
その声に、茜は顔を上げた。
「風炎!」
さくらたちがビルに侵入して間もないころ、澱みが茜たちを屋上に連れて行く前の事だ。澱みがくるものと覚悟していた茜は、安堵のあまり涙が溢れそうになるのを感じた。
後から入ってきた二人の狗族の姿に、嬉しそうな声をあげたのは真田たちだった。
「野分、小夜!」
二人の内一人は怒りに顔をこわばらせて、なにか言おうと口を開きかけたが、小夜が穏やかな顔でそれを制した。
「ここから出るぞ…」
中からはどうなっているのか分からない仕掛けの鍵を、風炎はいとも簡単に破壊して彼らを外に出した。
「黷は、おそらく君たちを二択の選択肢に使うだろう…君たちを生かしておく理由はそれしか考えられない。つまり君たちと、もう一つ何か大事なものと、どちらを見殺しにするか、というものだ」
茜は経験者であり黷のやり口を知っているので素直に頷く。しかし、他の人間二人はぞっとしないという顔をした。