飃の啼く…最終章(後編)-25
「ああ…死にたい」
ぜえぜえと息をする彼には、かつて非道の限りをつくした男の面影は無い。
「私を…私の体を造った男は死んだ…もう“取り替える”部品も無い…御終いだ」
見下ろす飃の前で、男はさめざめと泣き始めた。
「殺してくれ、飃。お前の手で…」
そして、飃にすがりついた。足に力が入らず、彼は床に膝をついて、飃の足を掴んだまま声をあげて泣いた。
「なぁ、私の在った人生は、どうだった?たくさん奪っただろう?親も、兄弟も、幸せも…私はたくさん、奪っただろ…たくさん…それなのに、何故お前は美しいままで居られる?何故だ?」
飃はそれに答えずに、その姿を不思議な心持で見ていた。
―憎しみが、沸かない。
部屋に入った瞬間から、飃は自分が憎しみに我を忘れて、この男の身体を千の肉片に切り刻むのだろうと思っていたのに。
搾りかすのような、生気の欠片も無い敵の姿を見て、長い間彼の心の中にあった棘が、抜け落ちてしまったかのようだ。
今、彼の中にあるのは哀れみ。それだけだった。
「やってみよう、獄。己がお前を冥府に送ってやる」
「頼む…」
か細い声で、獄は答えた。
「頼む」
そして、飃の背中に、衝撃が走った。
背中に、深々とナイフが突き刺さっていた。
「一緒に、死んでくれ…」
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「来たか…女」
さくらは七星を抜いた。
「塵芥に等しい小娘が よくここまで来れたものだ…」
そう言って、黷は歪んだ微笑を向けた。病的に長い指が、空気を引掻くように広げられている。その手が指し示すのは、三人の人間と、一つの澱み。
「貴様のことを始めて知った時には こうもしぶとく粘るとは思っていなかったぞ…」
「あんたに褒められるなんて不気味なんだけど…でも、有難うって言っておくわ」
さくらは笑った。その顔に怯えが無いのが、黷は気に食わなかった。
「さて…こちらには貴様の仲間が居る 貴様が刎頚之交(ふんけいのこう)を結んだこの女なぞ 愚案にも吾の手にみずから落ちるような真似をしてくれた…必死に戦う貴様の気も知らず 吾が城でのうのうと戦いを見物していたというわけだ…」
そして、屋上の反対側に、触手に戒められた、ゆうの姿があった。